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目が覚めたら天空都市でしたが、日本への帰り道がわかりません  作者: 相内 充希
第二章 この世界はすべて舞台

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34.迷子再び

 エリカの父と兄、そして客たちが来るのは夕方の予定だが、朝早くからイチジョーの屋敷内はいつも以上に念入りに清掃され、花を生けるメイドや学生たちで大忙しだ。

 ホスト役のお客様が使う部屋はスイートで、離れのような雰囲気になっている。

「スイートルームが三つ。ホテルでもなかなかなさそうだよね」

 メイド頭と部屋のチェックをしていた萌香は、こそっとそんなことを呟いた。

 各部屋ともそれぞれテーマがあるような作りで趣があり、自宅でありながら

 ――時々旅行感覚でお泊りできないものかしら?

 などと考えてしまう。

 これで温泉でもついてたら入り浸ってしまいそうだ。


 ちなみに茶会の「ホスト役」というのは、自宅茶会をイメージした女主人役をさす。一人はイナで、あとは二~三人がこの役を引き受けてくれる。

 試験を受ける生徒はホスト役の人数に合わせてグループ分けされ、それぞれの主人の意向に合わせて動くことになるのだ。

「初めて会う主人にあわせるなんて、相当臨機応変さが求められるわね」

 説明をしてくれたメイド頭に、萌香は真面目な顔をしてそう言った。イナのところに当たればいいが、それ以外のホスト役は立場的にも緊張が禁じ得ない相手なのだから余計である。


「はい。ですがそれはホスト役の皆さんも同じなのですよ。用意されたものの中から采配しなくてはいけないのですから」

「そうなの?」

「はい。多少趣味や意向はうかがっていますが、ここに来るまでどんなものがそろっているのか、どんな人材がいるのかはわかっておりません。だから何年かに一度は女主人役の練習をなさるご令嬢の参加や見学もあるのですよ。」


 しかもホスト役を希望する女性は多いらしく、毎年抽選なのだそうだ。身分の上下に関係なく抽選が平等に行われることもポイントが高いらしい。

 ただの卒業試験だとばかり思っていたが、ずいぶんな人気行事のようだ。


「それにホスト役の皆様は身分も高く人脈もある方ばかりですから、卒業生がその方、もしくは招かれたお客様の目に留まれば、より良いところへの就職が叶いますね」


 人事部とか人材斡旋みたいな感じかしら? と萌香は口に出さずに考えていると、この国の就職には必ず推薦状や紹介状が必要であることをメイド頭が教えてくれる。彼女は話をすることが好きらしく、「記憶喪失のエリカ」の質問に随時丁寧に答え、質問以上のことも自分の娘に話すように色々と教えてくれるのだ。


「身分と能力が証明されないものは、どこも雇ってはくれません。その点イチジョーの卒業生という肩書は強いですし、そこへホスト役の方の推薦が付けば、どこでもやっていけることの証明になるのですよ。結婚にも有利になります」

 少女のようにふふっと可愛らしく笑うメイド頭に、萌香は「結婚にも?」と首を傾げた。イチジョーの生徒たちは、卒業と同時に婚約をしていることが多いと聞いているが、彼らの相手を決めるのは親をはじめとする親族だと聞いている。婚約しても結婚式まで相手に会ったことがないなんてこともあるらしい。だがイチジョーを卒業すると、多少なりとも本人の意見が通るのだという。エムーアでは、恋人との結婚を望むなら、それなりの能力がいるのかもしれない。


 メイド頭は優しい笑みを浮かべ、内緒話をするように少し声を抑えると、

「私もイチジョー出身ですから、卒業までにいい縁に恵まれました。もしここに来ることができなかったら一生下働きで、もしかするとどこかの年寄の後添だったかもしれません」

 と言った。

 どこかのなどと言っているが、彼女の口振りからは実際そのような話があったことを伺わせる。彼女は四十前後の女性だが、複数の職場を経て最近イチジョーに戻ったのだそうだ。彼女によると、これは出世らしい。

「もしかして、恋愛結婚だったの?」

「ふふ。そのとおりです」


 イチジョーを卒業したことが彼女の幸せに繋がっているのなら何よりだと、萌香は微笑んだ。

 萌香はここへ来てから物語以外の恋愛を見てはいないが、いくつかの小説やイナたちからの話から、エムーアはもともと多民族国家だったことから横のつながりが強く、他の氏族とのつながりには慎重だったことが分かった。そのため、親、もしくは親に近い人が決めた縁が一番確実で、本人も一族も幸せになれるという考えらしい。


 ――そもそも多民族って、その人たちはどこから集まって来たのかしら?


 そんな疑問が浮かぶものの、誰もその答えは教えてくれない。

 ただ、ラピュータが空に浮かんで以降は氏族よりも国家重視に変化したことで、結婚の考え方もずいぶん変わったそうだ。今では恋愛結婚も珍しくはないという。


 ――まあ恋愛なんて、今も昔も私には縁のないものですけどね?


 誕生日にフラれた記憶はすでに薄れ、現実に対応するのに忙しい今では、あんなに好きだったはずの一条修平の顔もあいまいだ。そもそも好きだと言われたことに浮かれていただけで、実際に恋人ではなかったんだろうなと今では思う。


 ――だからキス魔の男に振り回された黒歴史は、きっちり封印するに限るのだわ。


「お嬢様はラピュータに出て、結婚相手を探されるのですよね」

 元カレを黒歴史扱いしていた萌香はふいにそんなことを言われ、一瞬目を見開いた。

「え? 誰がそんなことを?」

「奥様から伺っています。お嬢様なら、きっと素敵な殿方を見つけられるでしょうね」

 生徒に混ざって学ぶ理由を、イナがそう説明しているのだろう。楽しみだと可愛らしく笑うメイド頭に合わせ、萌香もはにかむように笑って見せる。


 物語に描かれるような恋愛結婚は女性の夢だそうで、どうもそのようなロマンスを期待されているらしい。婚約破棄に記憶喪失と、はたから見ればドラマチックな展開が続いていることが、よけいに周りの期待をあおっているようなのだ。


 萌香は内心冷や汗をかきつつ、ご期待に沿えなくてすみませんと心の中で頭を下げる。まず間違いなく、ロマンスなんてものは生まれません。ごめんなさい。


  ◆


 その後、交代で昼食をとっているときのことだ。メイドの一人が、こっそりと萌香に手招きしていることに気がついた。その様子から周りに気取られないよう席を離れ、さりげなく廊下に出る。

「どうしたの?」

 と聞くと、彼女は申し訳なさそうに、人が呼んでいるのだと萌香を裏口まで連れて行った。


「エリカ様!」

「ミアさん?」

 裏口にいたのはミアだった。確か彼女も家族と一緒に夕方来る予定だったが、なぜか一人で、しかも今にも泣きそうな顔をしている。もしかしたら約束の新聞が届かなかったのだろうか?

「どうしたの? 一人?」

 新聞なら急ぎではないから大丈夫だと伝えようとすると、ミアはどこか焦った様子でキョロキョロと周囲を見てから後ろを振り返った。

「いえ。あの」


 彼女が振り返った先には、彼女より少し年上に見える少女が立っていて、萌香にぺこりと頭を下げる。だがその少女もミア同様涙目になっているので、萌香はかなり面食らった。

 ――かわいい女の子が二人そろって涙目だなんて、これはいったい何事?


 驚きつつも、その可愛らしさについときめいてしまう。

 おめかしをしている少女たちは、文句なしに可愛い。


 戸惑う萌香に、ミアはもう一人の少女をそばに呼んだ。

「彼女もファンクラブのメンバーで、ホリ・ユリアといいます」

「ホリ・ユリアです。エリカ様、会えて嬉しいです」

 ミアに紹介された少女――ユリアは丁寧に一礼した。どことなく威厳を感じさせるような堂々としたたたずまいだ。

 萌香は素早く今日のゲストの名簿を頭の中でさらう。

 ホリ・ユリア……。確かホスト役を務めるホリ様のご息女だ。

 しかもホリ様は、現女王の姪だったはず。

 ミアに至っては女王の孫にあたるので、二人は同じ年頃でも叔母と姪にあたることを、萌香は瞬時に理解した。

 長子が跡継ぎである国なので、彼女たちは王位継承権はないことも知っているが、それでも萌香の感覚からするとれっきとした「お姫様」たちだ。だが学校関係では平等がルールのため、黙って彼女たちに合わせればいいとイナからも聞いている。


 ――それにしてもリアル・プリンセスから様付で呼ばれる日が来るとは……。エリカってば、本当に何者なのよ。


 半分呆れ半分恐縮しながらも、萌香は自己紹介を返した。

 だがミアとユリアのまるで迷子のような不安げな瞳に、素早く周囲に目を走らせる。ただ単に早く会いに来てくれたわけではないのは確かだし、どうも内緒にしたい問題が発生しているようだ。


「ゲイルさんは? 一緒ではないの?」

 二人とも弟がいて、今日は一緒に来る予定である。

 もしや? と思って聞いた萌香にミアは涙を浮かべ、「エリカ様ぁ」と情けない声を上げた。

「すみません。あの子ってば、また迷子になったみたいなんです」

やんちゃな弟たちにお姉ちゃんたちは振り回されているようです。いったい彼らはどこに隠れているのでしょうか。

次は「大樹の丘」です。

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