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目が覚めたら天空都市でしたが、日本への帰り道がわかりません  作者: 相内 充希
第二章 この世界はすべて舞台

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32.再び天空都市(アルバート視点)

 エリカの説明によると、デボラの実家、フリッツの実家、そして自分の父親に話を付けたから、婚約解消は決定事項ということになったらしい。

 デボラとフリッツの実家は、二人の結婚によって業務を提携することになったという。

「エリカ、それは本当なの?」

 デボラがあえぐようにそう言うと、エリカはもちろんだと請け合った。

 二人の結婚のほうが利があるのだから、エリカが納得している以上問題はないのだ、と。

 実際には何と言ったのかとアルバートとしては多少裏をのぞきたい気分になったが、十七歳の女の子の意見など大したことではないだろうと思い、気にしないことにする。


 一方フリッツはエリカたちの両親について気にしていたが、それも問題ないとエリカは笑った。彼女が少しだけ残念そうに見えたのは、おそらくトムが不機嫌そうに睨んでいるからだろう。だったら最初からそう言えばいいのにとブツクサ言っているトムの肩を、アルバートはポンポンと叩いて労った。


「それからわたくし、発表の後は傷心と言うことにして、しばらく引きこもらせていただきますわね」

 明るく宣言するエリカに、もはや誰も異を唱えることはなかった。


  ◆


 そして翌月のエリカの誕生会で二人の婚約の解消が発表され、エリカは宣言通り実家に引きこもってしまう。次々来る縁談も、当主たちが片っ端から断っているという噂だった。

 それが突然見合いをさせようというのは、何か変化でもあったのだろうか?


「なあトム、噂でな、エリカが事故にあったと聞いたんだが、本当か?」

 アルバートは先日イチジョーの町で、住人が少しだけ話しているところを小耳にはさんだ。だがニュースにはなっていなかったので、真偽のほどは分からなかったのだ。ただ、フリッツの新たな婚約にショックを受けているという体にしていることが、噂が流れるにしたがってねじれたのかもしれない、と。


「本当だ。フリッツの婚約発表の日、エリカはかなり大きな事故にあった」

「けがの程度は?」

「父たちの話によると、怪我自体はそれほど大きなものではないらしい。ただ、これは会えばバレてしまうから先に言っておくが、エリカの顔に傷は残ったそうだ」

「それは、気の毒に」

 アルバートは心からの同情を込めてそう言った。

「それが今回の見合いのきっかけか?」

 顔に傷があるとなれば、程度は分からないが縁談は確実に減るだろう。

「いや、そうではない。傷自体は、化粧でごまかせる程度だと聞いた。だが……」

 言い淀むトムの言葉を静かに待つ。


 店内に流れる静かな曲が、やがて明るい曲調に変化した。それに勇気づけられたのか、トムは伏せていた目を上げてアルバートを見ると苦い笑みを浮かべた。

「なあ、アル。信じられるか? エリカが、本当にエリカじゃなくなったんだぜ?」

 その言葉の真意が分からず、アルバートは眉根を寄せる。

「どういう意味だ?」

「あの子は小さいころから、なぜかイチジョー・エリカであることを否定してきた。生まれたときからイチジョー・エリカなのにだ。それでもあの子はエリカである立場を大事にし、しっかり役割を果たしてきたと思うよ。周りが期待してきた以上に。アルもそう思うだろ?」

 確かにそうだと思ったので、アルバートは頷いて見せる。

 元々の頭の良さがあったとしても、素の顔を知るものからすれば、太陽の女神と呼ばれるに値するほどの努力は尊敬に値したからだ。自分ならどうだ? ――己の立場はあるが、そこそこの期待に応えておけばいいだろう――そう考えているし、トムやフリッツでさえそうだ。だがエリカは、ほどほどであることを良しとはしなかった。

 だがエリカじゃなくなったとはいったい?


「エリカは、記憶を失くしたそうだ」

 アルバートは一瞬目を見開く。

「どの程度だ?」

 記憶を失くした者の話は聞いたことがある。飲みすぎて次の朝記憶がないものから、頭を打って数日分の記憶を失くすものもある。ひどいものだと自分が誰かも忘れてしまう、というものもあった。

「言葉以外、全部だそうだ」

「全部?」

「ああ。いわば今のエリカは、言葉を理解できる赤ん坊だな。何も覚えてないんだそうだよ。かろうじて、エリカという名前は分かっているらしい。だがな、家族のこともわからない。両親のことも、俺のことも。もちろんフリッツのことも覚えてもいないそうだ。信じられないことに、母はあの子に食事の仕方から教えなおしたんだそうだ」

「それは……」

 言葉をなくすとはこのことだろう。


「傷は順調に治ったらしいが、一か月のほとんどを高熱を出して寝込んでいたそうだ。俺はな、アル。正直言うとあの子に会うのが怖いんだよ。俺を忘れてしまった妹に、どんな顔をして会えばいいのかわからない」

「トム……」

「事故にあった日、あの子はどこかに行こうとしてたらしい。それも忘れてしまったそうだがね。――本当は、傷ついていたんじゃないか? すべてを忘れてしまうほどに。俺は、あの子を止めるべきだったんじゃないか?」

「だがあの時にはすでに手遅れだったよ。お前にできることはなかったんだ」

 フリッツ達さえ気づかないうちに、エリカはすべての手はずを整え終わらせてたんだ。自らの手で。


 長い沈黙の後、トムはふうっと息をつて弱々しく笑った。

「実はさ、アルが茶会に参加してくれると聞いて嬉しかったんだよ。巻き込んで悪いとは思ったけど」

「いや、気にするな。話してもらえてよかったよ。何も知らなかったら、どうなっていたか自分でもわからないからな」

 それでも、人間が言葉以外すべてを忘れることなどあり得るのだろうか? ――そんな疑問をアルバートは捨てられずにいる。相手がエリカだからそう思うのだろうか?


「父も、婚約解消の後しばらくは、エリカの思うようにさせようと思っていたらしいんだが……結果がこの事故だからな。早く伴侶を見つけ、落ち着かせたいらしい」

「そうか……」

「でも今のエリカが赤子同然なら、かえってかわいそうじゃないか? しかも今回、デズモンドも来るって情報が入ってるんだ」

 トムが吐き出すように言った名前に、思わず顔をしかめる。

 デズモンドは、何年もエリカに執着してきた男だ。おそらく彼女の婚約解消の後、ずっと結婚を申し込んできた一人だろう。

「もしかしたら、エリカはデズモンドから逃げたかったのか?」

 ポツリと呟いたアルバートを、トムはハッとしたように見た。

「そう、なのかも」


 彼はエリカが唯一嫌っていた男だ。

 婚約解消の様子を考えると、エリカが嘘をついていたようには思えない。彼女は外では淑女の仮面をキレイにかぶり続けるが、兄の前では途端にそれが下手くそになるのだ。仮面が必要ないからと、トムには甘えていたのだろう。あの時のフリッツとデボラに対するエリカの笑顔も思いやりも演技ではなかったはずだ。

 ならば、その後に逃げたい何かがあったと考えるのが自然では?

 その考えに、トムも頷いた。


「なあ、アル」

「わかってる。茶会の間、俺も気を付けよう。何せ俺も、エリカの兄同然らしいからな」

「悪いな、アルバート兄さん」

「気にするな、トム兄さん」

「両方兄かよ」


 二人でひとしきり笑い合う。茶会の時間にだけ参加する予定だったアルバートは、早めにイチジョー入りすることを約束した。

二人の出会いまでもう少し。

次は「勉強中」。

萌香視点に戻ります。

萌香なのかエリカなのかわからないままでも、将来のため少しずつ動き始めます。

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