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目が覚めたら天空都市でしたが、日本への帰り道がわかりません  作者: 相内 充希
第4章 最高のメイクは笑顔です

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インターバル⑤ ~萌香の弟・信也視点(2)~

 会話の内容に勝手にムカついてた信也だが、萌香の前で叱られた子犬のようになっている男――アルバートについ吹き出しそうになる。しょんぼりと垂れた耳としっぽが見えた気がして、そのギャップに噴き出しそうになったが、隣の真由子も頬が緩んでるので、もしかしたらあの尻尾も耳も幻ではないかもしれない。

 過去はどうあれ、今彼は萌香にべた惚れと見た。


 —―さすが俺の姉。


 なんとなーく彼の味方をしてやってもいいよという気持ちになった信也は、アルバートが反省し、「―――ありがとう。そうならなくてよかった」と言ったところで夢から覚めた。


  **


 空っぽだった機内はやっぱり満員で、巨大なスクリーンもない。


「うう、耳(いて)え」


 ――夢から引きずり戻されたのはこの痛みのせいだ。もう少し続き見たかったのに。


 そんなことを思いながら信也が両掌を耳にあてると、隣から飴を差し出された。

「ありがと、叔母ちゃん」

「大丈夫? 飛行機が降下を始めたのね」

「あー、そうなんだ」


 信也はパクッと飴玉を口に放り込み、思わずかじりたくなるのを我慢しておとなしく舐める。初めての飛行機に最初は少しだけワクワクしていたが、正直こんなに耳が痛むなんて予想外だ。真由子にこの夢の話をしたい気もしたけれど、あまりの痛みに話すどころではない。

 しばらくすると降下が始まったというアナウンスが聞こえた。到着は予定時間通りらしい。いいことだ。今は一刻も早くこの痛みから解放されたい。


 ――俺の耳は、言われるより先に降下を察知したんだな。


 そのことにほんの少し謎のどや顔をするも、飴をなめても耳抜きしてもあまりおさまらない痛みに顔をしかめた。

 着陸までまだ少し時間がある。気を紛らわせようとヘッドホンをして目を閉じた。


 ――姉ちゃん。


 夢だったけれど、萌香の元気な姿や姉を大事にしてくれそうな人を見ることができた。こんなのただの願望だって分かってるけど、それでも信也は久々に肩の力が抜けたような気がした。


 ――イケメンの兄ちゃん。うちの姉ちゃんを守ってね。頼むよ。


 もう名前も覚えていない――いや、実際にいるはずもない人に心の中でエールを送る。夢なのにバカみたいだと思うけど。


 あの日。信也を迎えに来ることなく、文字通り忽然と消えてしまった萌香。

 自分を迎えに行こうとしなければ事故(?)に合わなかったんじゃないか。何度もそう考えた。

 約束の時間になっても現れず、携帯も通じない。

 何かあったのかなとは思ったが、模擬試験会場だった学校にいつまでもいるわけにもいかず、仕方なく電車で帰った。あの日は念のためパスモを持っていて助かったと思ったものだ。


 遅刻はしたが予定通り部活にも参加し、帰宅しても萌香からの連絡はない。姉らしくないことだった。

 両親の帰宅を待つ間そわそわとテレビをつけたところで、あの事故の映像を目にした。間違いなく姉の車だった!


 周りは無責任に、ニュースで流された映像にあれこれ好き勝手な憶測を流した。バズりたいがための自作自演というもの、ただの家出だというもの、面白おかしく事故にあった萌香が、異世界に「転生」したというもの。


 ――転生ってなんだよ。死んだってことじゃねえか。ふざけるな!


 警察も動いてはくれなかった。事故だと言っても、その事故にあった人も車も現場にないのだ。萌香が消えたと言っても成人女性の場合、家出の可能性もあると取り合ってもらえない。事故の映像だって科学的に証明できないと、「ごめんね、また出直してきてね」と優しく女性の警官(もしくは事務員?)に諭された。悔しかった。


 それでも信也が部活も受験勉強も手を抜かず――いや、むしろもっと頑張ったのは、姉が帰ってきたときにがっかりされたくなかったからだ。萌香がいなかったから失敗したなんて思われたくなかった。何を言われたって歯を食いしばって、気にしてないふりをつづけた。

 そんな信也を面白く思わないクラスメイトに難癖をついけられた時だって無視した。なんとでも言えばいい。絶対に萌香は無事だ、どこかにいると信じた。


「信也の姉ちゃんさぁ、家出したんだろ? めちゃくちゃ凝ってたよな、あの映像。編集のプロ?」

 嘲るように笑ったのはクラスメイトの一人。普段話したこともないような奴だった。


 ――他人のドライブレコーダーの映像を編集? 馬鹿じゃねえの?


 思ったことは喉の奥で全部飲み込む。

 車の後ろにドラゴンが見えたとか、リアル異世界転生すげーとか。

 ふざけるなと暴れたくなるのを、こぶしを握って耐えた。

 そこに突然、鈴を鳴らすような可愛らしい、だが冷たい声が割って入ってきた。


「ばーっかじゃないの?」

「なっ!」


 腕を組んで相手を見下すようにして立っているのは、クラスメイトの木之元杏里だ。姉の麻衣とは違って美少女とは言えないけれど愛嬌があって、ふだんフワフワとした陽だまりの子猫のような彼女が、今は怒りに目を吊り上げていた。


「なんだよ木之元! 何がバカなんだよ。みんな言ってんじゃん!」

「みんなって誰よ? エリカ先輩が家出なんてするわけないし? ひとに迷惑をかけるような人でもないし? なーんにも知らないくせに、好き勝手言ってるのってホント、ムカつく」

「え、あ……」

 普段の姿からは全く想像がつかない姿にたじろぐ男子をしり目に、杏里の後ろにいた他の女子もそれに賛同した。

「あんたらさぁ、信也君にヤキモチやいてるんじゃないの?」

「や、ヤキモチってなんだよ」

「自分も目立ちたーいって言ってるみたいに聞こえたんですけど? ねー!」


 ――女子、こえぇぇぇ。


 姉がかばわれていることに感謝しつつも、見たこともないような女子集団の迫力に思わずたじろいでしまう。


 杏里とその友達の二人は、あの事故の前にあった高校の演劇公演にも行ってたらしい。最後に萌香に会っていた一人だったということで、彼女たちも少なからず悔いや葛藤があったのだと、この騒動の後ぽつりと漏らしていた。


「もしもさ、あの日。エリカ先輩にお昼を一緒に食べませんかとか言って引き留めてたらとか、少しだけでもタイミングが違ってたらとか、ずっとそんなことを考えちゃうんだよ。あたしのお姉ちゃんの友達じゃなかったら、こんな風に面白おかしく言われなかったんじゃないかとか」

「いや、麻衣さんも巻き込まれた側じゃん」


 萌香が女優木之元麻衣の友人ということで、たしかに一時まったく事故と関係ない麻衣についてもあれこれ言われてた。マスコミというやつは、いや、どちらかといえばSNSというものは、どうしてこんな些細なことまで見つけてくるのだと怖くなった。


 ――ま、スマホを見なくなったおかげで勉強ははかどったけど。


 今回の函館行きも、急遽メッセージアプリで杏里にだけは教えていた。


『がんばれ』

 杏里からの返事は両手にこぶしを握るリスのスタンプだ。

 詳しく話してないのに、こっちが言うまで待っててくれるのも嬉しい。

 その後チアガール風のリスのスタンプが送られ、そのコミカルな姿にちょっと噴出した。


 ――うん。がんばる。


 何を頑張ればいいのかは分からないけれど。

 萌香かもしれない。別人かもしれない。不安で心臓がうるさいし、緊張しないと言ったらうそになる。

 それでも安否を心から心配してくれる仲間があることは、本当に心強い。


「信也、お迎えが来たみたいよ」

「あ、うん」


 遠くから手を振るヘレンの姿を目にし、信也は気合を入れるよう心の中で「よし!」と頷いた—―――。

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