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目が覚めたら天空都市でしたが、日本への帰り道がわかりません  作者: 相内 充希
第4章 最高のメイクは笑顔です

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128.エリーク

 萌香(エリーク)は楽しそうにくるくると踊るロナを優しく見つめながら、同時にアルバート達の方へと意識を向けた。ロナの幼馴染の彼はラウといっただろうか。すんなり輪に入れている様子に、あとでタイミングを見て二人を引き合わせてみようかなどと考える。


 ――せっかくの楽しい催しなのに、意地を張ってたら楽しくないものね。


 今はまだラウも肩の力が入ってるように見える。しかしミアたちと一緒ならじきにリラックスするだろう。ロナも十分踊れば、心の準備もできるだろうし。


 萌香がそんなことを考える外で、エリークがロナの手を取りターンさせる。くるっと回った彼女がはじけるような笑顔を見せた。


 ――うん、可愛い。女の子は笑顔が一番のメイクよね。絶対あの彼にも見せたいわ。


「ダンスがうまいね」

 エリークが褒めると、ロナは十代特有ともいえそうな軽やかな声でクスクスと笑った。

「きっとエリークにつられてるのね」

「おや、それは僕のダンスもうまいと思ってもらえているのかな?」

「もちろんよ! とっても踊りやすいし楽しいわ」

「それは光栄だね」

 いたずらっぽい笑みを浮かべたロナに笑い返したエリークは、彼女の後ろの方をちらっと見た。

「でも、あっちの彼と踊ったらもっと楽しいんじゃない?」

 その目線だけで示した相手を一瞬振り返ったロナは、「ん、まあ、そうね」と口ごもると、少し首を振って苦笑いをした。

「でももう少し、エリークがパートナーだと嬉しいわ」

 きゅっとエリークの手を握ったロナは、ほとんど聞き取れないくらいの声で「私が相手なら焼きもちも焼かないでしょうし」と面白そうに笑う。何のことかはよくわからなかったが、くるくると変わる少女の表情にエリークは「喜んで」と答えた。



 裏方をしているときほどではないが、萌香は昔から、舞台の本番中は自分の意識が分裂したような不思議な感覚になる。今のように役を演じているときだと、その役(エリーク)の奥で自分(もえか)の意識が舞台や観客を俯瞰(ふかん)して見ている――そんな感じになるのだ。視野が広がるというか、様々な情報を同時にキャッチできる感覚と言おうか。

 そして今日は不思議なことに、今自分が立っているのは「舞台」なのだと確信を持っていた。

 演じている役者は自分だけではなく、大勢のスタッフやキャストのもと、台本のない舞台が進行しているのだと肌で感じる。自分の正体を知っているロナたちもそうだし、客人の世話をしているスタッフもどことなく舞台の中にいるような気がした。


 ――某テーマパークみたいな感じかな?


 どこかの夢の国にいるように、それぞれが何かの役になり切って楽しむ舞踏会。シンデレラ城はないが、実際ここは女王陛下の子の屋敷だ。魔法をかけられたヒロインの一人や二人いるかもしれない。

 そう考えると、なんだか妙に納得するし楽しくなってくる。

 だから萌香はいつも舞台でそうしていたように、大きく大きく羽衣(つばさ)を広げた。ここにいるみんながこの世界を楽しめるようにと。

 無意識だった……。


   ◆


「ああ、楽しかった。ねえエリーク、おなかがすかない? 私はペコペコ。何か食べましょうよ」


 結局三曲続けて踊ったロナがエリークの腕に自分のそれを絡める。満面の笑顔で空腹を訴えると、くすっと笑ったエリークを引っ張るように軽食が並んだテーブルへと歩を進めた。

 途中トムとメラニーと軽く話をするが、初めて会う者同士のように、礼儀正しく軽い会話だけを交わすのが内心面白い。


 ――必死に隠してたみたいだけど、お兄様のびっくりした顔が可愛かったわ。


 トムは事情も知っているし、服も借りて立ち居振る舞いについてのアドバイスもしてもらったけれど、実際に萌香が男の子になり切っている姿には相当驚いていたらしい。それでも兄がきちんと素知らぬふりを続けてくれたので、萌香は自身の意識をさらに奥へと押しやり、エリークの仮面をしっかりとかぶりなおす。

 この役は懐かしさもあり、やりがいもあるので楽しくて仕方がない。だから一緒にいる人たちにも存分に楽しんでもらいたいと思った。


 ユリア、ルドのカップルともしばらく会話を交わしたが、ルドには完全に気づかれてはいない。ユリアの目が一瞬楽し気に輝いたが、それも気のせいかなと思えるほどの間だ。

『ルドさん、侍女のモエカさんを見ても、けっしてエリカ様だとは気づかないと思いますけど』

 男の方なんてそんなものですよねなどと、今朝悩ましげに大袈裟にため息をついて見せたユリアを思い出し、エリークとロナはこっそり視線を交わして笑い合う。

 男同士として話すルドは、さっぱりとした兄貴タイプだったのが少し意外だった。それまでは、ユリアが年のわりに大人っぽいのに対し、ルドのほうが少し子供っぽいのではというイメージでいたが、実は全くそんなことはなかったようだ。



 アルバート達は二曲目が始まったころテラス席に移動していくのが見えた。テラス席はダンスホールから見ると二階部分に位置している。下からはよく見えないが、丘の傾斜の関係でそこから庭へも出られるし、上からはホールの様子がよく見えるのだそうだ。

 ロナを伴ってぶらぶらと歩き、テラス席に向かっていたのはたまたまだ。途中でロナがなぜか焦ったように下に戻ろうと言ったが、

「少し外の空気を吸おうよ」

 とからかうように笑って、わざと早足で庭へと一歩踏み出した。

「もう、エリークってば!」

 じゃれる子犬のようなエリークに怒ったふりをしていたロナだが、その目に一瞬、驚愕したような色が走る。それは普通なら見逃してしまうような些細な変化だった。


 ――ラウさんがいたのかな?


 呑気にそう考えたエリークがロナの視線の先に素早く目を走らせる。しかし、ちょうど木々の間に見えたのは想像の斜め上と言った感じの光景だった。エナがアルバートの胸に手を当て、うっとりと見上げているのだ。


「見て見て、ロナさん。あれってアルバートさんがエナさんに口説かれてます?」

「えっ?」


 内緒話のようにエリークがロナに囁くと、その面白がるような口調にロナが目を丸くしてエリークを見上げた。

「え、あの」

 しかしロナは、今この場にいるのはアルバートの恋人であるエリカではないのだと、完全にエリークとして振舞っていることをしっかり理解したらしい。一瞬だけ戸惑いを見せた後、彼女はその場で一番ふさわしいであろう、至極真面目な表情を浮かべて見せた。しかもそこに思春期らしい少しだけ好奇心の混じる笑みを混ぜながら、遠慮がちにエリークの裾を引いたのだ。


「お邪魔してはまずいんじゃないかしら」

「うーん、でも様子が変な感じ。ちょっと見てみようよ」


 たしかに奇異な空気だとロナも感じたのだろう。それでも気まずい気持ちの方が大きいのか、エリークを連れてここから立ち去りたいという仕草を見せる。しかしそれにあえて気づかないふりをして、エリークはロナの肩を抱いて自分の前に引き寄せ、共に隠れるようにかがみこんだ。

 木の陰から向こうはよく見えるが、あちらからは注意しない限り見えないだろう。


 確実にあちらでも別の舞台が幕をあげている。

 ここにいるのは全員役者であり、同時に観客だ。


「――だからアルバートさんには、私なんかちょうどいいと思うんですけど」

 エナの声が甘ったるく響く。後ろで三つ編みを揺らしながらクスクス笑ってるのはリンダだ。


 緊張したようにロナの体がこわばるのが分かったので、エリークは落ち着きなさいという気持ちを込めて軽くその肩を撫でた。これは芝居の中だと告げてもいいものだろうかと悩んだが、ロナは己の役をわきまえてるような気がしたので、今は口をつぐむことにした。


 アルバートの隣にミアはいないが、一緒にいたカリンとラウ、そしてリンダの兄が「エナは何を言ってるんだ」と呆れたように肩をすくめるのが見える。


「あら、私、本気ですよ?」

「本気? 俺には君がちょうどいいと?」


 アルバートがふっと頬を緩めた。まるで強烈な色気を全開で放出したかのような空気にリンダたち兄妹が驚いたように目を見開き、エナがひゅっと息を飲む音が聞こえた気がする。一見誘惑するような甘いアルバートの顔だが、その背後には冷たいダイヤモンドダストがきらめく幻が見えた。


「わあ。アルバートさん、なんだかめちゃくちゃ怒ってるな」

「エリーク、もう行きましょう」


 萌香の意識を封じて呑気に目を丸くするエリークに、ロナが早口で向こうへ行こうと囁く。

 なるほど、この場面においてエリークたちは部外者だ。退場すべきところだろう。


 ――悪の帝王みたいなアルバートさんをもう少し見学したい気もするけど、ここで見つかったら怒られそうだしな。仕方がない。


 場を読んだエリークが頷きロナがホッとした表情を浮かべた時。エナの艶っぽいとさえいえるような笑い声がエリークの耳朶を撫でた。


「そう、私を選んで? だってエリカ様には、リュウオーの生まれ変わりである尊きお方、デズモンド様がいらっしゃるんですもの」


 ――デズモンド⁈


 エナの声にエリークの奥で萌香がびくりと肩を揺らす。イチジョーの茶会で会った異様な目の光をエリカに向けた男の顔がフラッシュバックし、その胸に顔を押し付けられた時のように呼吸ができなくなる。


「エリーク?」


 焦ったようにロナが腕を引くが、エリークの足は地面に縫い付けられたかのように動かなくなった。

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