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目が覚めたら天空都市でしたが、日本への帰り道がわかりません  作者: 相内 充希
第4章 最高のメイクは笑顔です

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127.ミッション②(カリン視点)

 カリンがさりげなく見守る中、ラウが人の間をすり抜け、談笑しているロナの近くまで行く。しかし束の間、声をかけるのをためらうように立ち止まると、その気配を感じたかのようにロナが顔をあげた。

「……っ」

 離れた場所からでも、ロナが思わぬ人物の登場に驚き息を飲むのが分かる。彼女は目を丸くしたあと、萌香(エリーク)の背に隠れるよう一歩後退り、ラウは上げかけた手が止まる。

 とても自然で演技とは思えないそれに、カリンは少しだけ口角が上がった。


 ――やるわね、二人とも。


 エリークはぎこちない二人を見比べ、すぐにラウがロナの喧嘩の相手だと気づいたようだ。笑みを含んだ顔でロナに何かささやくが、彼女はいやいやをするように小さく首を振った。それは、まだ素直に仲直りするには心の準備が必要だと訴えているようで、大変初々しい。

 なぜかエリークの口を見ても読唇できないことが少し気にかかったが、多分たまたまだろう。


「エリーク、向こうへいきましょう」

 心なしか頬を赤くしたロナがエリークの袖を引くと、エリークはラウに向かって「あとでまた」とでも言うように頷きかけた。それにラウが、ほんの少しだけ悔しそうに頷き返す。立ち去るエリークの背に、ラウがライバルを見るように一瞬目を光らせた。


 ――わぁお、甘酸っぱいわ。演技よね? 演技なのよね、みんな。やだ。キュンとしちゃったわ。


 まるでスポットライトを浴びていたかのような三人に、カリンは目を見張った。


 芝居を見るのは人並みに好きだ。仕事柄、多少演技の指導は受けているし、別人を演じる仕事もこれが初めてではない。

 弟の意外な才能に驚いている? それも少し違う気がする。

 ここはうまくいってることを喜ぶところなのに、何か違うお芝居の世界に自分も飛び込んでしまったような不思議な気持ちになり、カリンは慌てて軽く首を振った。


 ラウはしばし落ち着きを取り戻すかのように俯いた後、気を取り直したように周りを見回した。楽隊による演奏が再び始まったことで、何組かの男女が会場の中央でダンスを始めるのを見るともなしに見つめる。しかし、その中にエリークとロナを見つけたのだろう。ふいっと顔をそらすと、先ほどまでロナたちと談笑していたミアが、「ドンマイ」と言うように笑って、主催者の一員らしく手招きをした。


 ミアの隣には今日のパートナーであるアルバートが立ち、反対側には一週目の生徒だったリンダと、その家庭教師であるマリーナ。はす向かいには家庭教師見習いとして今回前半に参加していたエナが立っている。

 リンダは彼女の兄と、マリーナは最近婚約したという男性と一緒だが、今日のエナはパートナー不在だ。


 艶やかな黒髪を結い上げたエナに笑いかけられたラウは、少し照れたように笑顔を見せる。それは十八歳のエナから見て、年下(という設定)のラウは面倒を見るべきものに映ったのかもしれない。彼が話の輪にすんなり入れるように気遣うのを見て、カリンはチラリとエリカの後ろと少し離れたところに護衛がついているのを確認する。

 ラウが自然と話の話には入れたのを見計らい、カリンはゆったりとその輪へと近づいて行った。


「やあ諸君、楽しんでるかい?」

「カリン先生」

 嬉しそうに目を輝かせるミアたち。ラウはここではじめて姉と顔を合わせたかのように、少しだけ気まずそうな表情になる。

 アルバートは知人に会った風に軽く頷いた。中央で踊っている恋人が気になるだろうに、さっきからそんなそぶりは全く見せない。ミアたち数人、変装したエリカを知っているものでさえ、面白がるそぶりを見せないことにカリンは内心舌を巻いていた。


 ――意外とみんな役者なんだね。それとも「エリカ様」のことになると特別ってことかな? どうりで総長が自信満々だったわけだ。身びいきではなかったのね。


 そんなことを考えつつ、表では幼馴染と仲直りできないヘタレな弟に苦笑いし、なんでもない会話に花を咲かせた。リンダは相変わらず眼鏡の奥の目をキラキラと輝かせ、苦手だったダンスが楽しくなったのはカリンのおかげだと言った。

「妹が舞踏会に嬉々として参加するなんて奇跡ですよ」

 リンダとよく似た兄が目を細めて妹を見、彼女の刺繡の教師であるマリーナも同意だと深く頷いた。マリーナに寄り添う婚約者はリンダたちの親戚だそうで、家族ぐるみでも親しくしていることが伝わってくる。

「リンダが踊ることを楽しめるようになって嬉しいよ」

「はいっ! もう失敗したって気にしません」

 元気よく頷くリンダに、ミアも共感するように数回頷いた。――うん、可愛い生徒たちだ。


 一方、エナが心底残念そうにアルバートに話しかける。

「アルバートさん。今日はエリカ様がご一緒ではないんですね」

 白花会の会員であるエナは、ミアの従兄であるアルバートが参加すると聞いた時、当然エリカを伴って参加するものだと思っていたという。

 ナチュラルにエリカへの敬称が様なことに面白がったのか、アルバートは軽く眉をあげた。

「エリカは今回部外者だからね」

 しれっとそう(うそぶ)くアルバートは、自分は「今日は可愛い従妹のパートナーとして来てるから」と言い、ミアもそれに頷いた。


「エナさん。今日は無理だけど、いずれ会える機会は絶対くるわよ。ね、兄さま」


 エリカがアルバートと結婚すればミアは身内。そうなれば白花会としてエリカに会える機会も設けられるに違いない。

 そんな期待に満ちたミアの顔に、アルバートはほんの少しだけ頬を緩めた。その小さな笑顔に、エナが小さく息を飲んで真っ赤になった。


 ――うっわ、出たな。天然タラシめ。


 普段無表情に近いアルバートは、もともと端正な顔立ちのためか、少し微笑むだけで結構な割合の女性がときめく何かを発するらしい。本人は無自覚らしいが、学生の頃それにフラフラっとなった友人を何人か見てきたせいで、カリンの中でのアルバートは天然タラシ(ただし、本人の好みは年上なので、同い年以下は見込みなし)という印象が根強く残っていた。

 しかし、この仕事で帰宅するエリカの護衛をアルバートに引渡すときは、以前は見たことがないような柔らかい表情をしていたので、実は年下が本命なのか(もとが親友の婚約者じゃ、手を出せなくても仕方ないか)とか、人ってこうも変わるものなのだなとかシミジミ思っていたのだが……。


 —―本人が自覚してやると破壊力がすごいわ。何を発してるのか、一度可視化してみたいわね。


 心の中でやれやれと首を振ったカリンは、エナが「え、でも」ともじもじするので、アルバートの代わりに先を促した。


「エナさん?」

「えっと、あの……」


 気を取り直したように微笑んだエナは、甘えるようにアルバートの腕に軽く手を置いた。長いまつ毛をしばたたかせ上目遣いで彼を見上げる。エナ以外がやればあきらかに色仕掛けだが、清楚な雰囲気の彼女がすると可愛いおねだりにしか見えない。


「よかったら向こうで少しお話しできませんか? エリカ様のことを色々聞いてみたいです」


 期待を込めたその目に、しかし一瞬だけ、蠱惑(こわく)的な色が浮かぶのをカリンは見逃さなかった。

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