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目が覚めたら天空都市でしたが、日本への帰り道がわかりません  作者: 相内 充希
第4章 最高のメイクは笑顔です

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118.長い一日③

 萌香は一瞬だけ動揺した気持ちをきれいに隠す。

 心の底から、完全武装(フルメイク)していてよかったと思った。

 女性にとっての化粧とドレスは、ある種の戦闘服だ。自分に自信を与えるもの。背筋を伸ばし、弱い自分を隠せるもの。

 ――そして仕上げはもちろん笑顔。


 自分に呪文をかけるように、萌香はおっとりと優雅にほほ笑んだ。

 ここはすでにエリカの舞台だ。


 目の前にいたのは、三十代くらいのキリッとした印象の女性だった。その後ろに唖然としたような顔のルドが見え、女性に慌てたように何か小声で訴えている。それを見て、彼女がここへ取材に来た記者だとピンときた。

 

 以前の萌香だったら、自分に向けられた刃に必要以上に傷つき、陰で震え、自ら様々なことから身を引いてしまっただろう。

 でも今の自分はイチジョー・エリカだ。誰かに軽んじられる存在では決してない。

 それにそばには、アルバートという絶対的な味方がいる。それだけで萌香は自身がしっかりとブレずにいられることに気づき、笑顔が演技ではなくなった。


 ちらりとアルバートを見れば、萌香以外には普段通りと言える皮肉な笑顔を浮かべている。ただ、その目の奥に痛みのような色が見えることにドキッとした。

 瞬間的に自分の経験が脳内を渦巻いた。

 この色を萌香は知っている。


 今のアルバートの目の色は、自分ではどうしようもないことで苦しんでいたときの弟を思い出させた。


 ――もしかして、ままごとって言われたせい?


 そう考え、おなかのあたりに重く黒いものがずっしりのしかかるような気がした。

 彼の相手が萌香でさえなかったら、アルバートはこんなことをせずに済んだ。そう思うと、ひざの上で無意識に両手をぎゅっと握りしめてしまう。

 一瞬だけ申し訳なさに心がひるんだ。

 彼が自分のせいで嫌な思いをするのは許せない。


 表面的には、萌香はアルバートに向かっておっとりと微笑んだだけだ。

 でも心の奥では、絶対に彼を守らなくてはという意識が芽生えてしまった。おそらく当のアルバートが知ったら目をむくだろうが。


「ええ、可愛いですわよね?」

 通りすがりに少し雑談を交わした見知らぬ客同士という風に、女性に目を戻した萌香は無邪気ににっこりと笑った。

 以前のエリカ(・・・)を知ってるらしき客の一部から、なぜか小さな歓声が漏れた。そのことに気づいて少し首をかしげたものの、視線はその女性からそらさない。


 ここは基本、十代の子供でも買える装飾品の店だ。

 萌香たちがしていることは、たしかにままごとじみているのかもしれない。本当は彼が、本物を作りたいと思ってくれていることも知っている。でもだからって、この指輪の価値が軽いわけではないのだ。


 ――大好きな人から可愛い指輪をもらって、とっても幸せですが何か?


 それは紛れもない事実だから演技なんて必要なかった。

 ただ、萌香ではなくエリカらしく振舞う。違いはそれだけのこと。


 指先まで神経をいきわたらせた萌香が、アルバートからはめてもらった指輪を見せて笑みを深めると、女性が毒気を抜かれたかのような顔になる。でもそれは瞬くような時間で、すぐに自信たっぷりな笑顔の下に、小馬鹿にしたような表情を混ぜた顔に戻ってしまった。

 でもその一瞬で萌香は、彼女が思っていたよりも若いかもしれないことに気づいた。おそらくアルバートよりも少し上くらいだろう。

 ただ、その視線は萌香、いや、エリカを小ばかにしているのとは少し違う気がした。しかし今は赤の他人だ、気にする必要はない。

 くるっと目をまわした萌香は店主に視線を戻し、あらためて礼を言った。


「とても素敵に仕上げてくださって嬉しく存じますわ。ね、ルー君」

「ああ。本当に」

 口元に微笑みが浮かび、萌香に頷き返したアルバートも礼を言う。

「お二人にそう仰っていただけて何よりです」

 店主がちらりと女のほうに視線を向けるも、萌香の笑顔に嬉しそうに笑い返した。本当に満足していることが伝わり、ほのぼのとした空気になる。

「指輪はこのままはめていっても構いませんか?」

「もちろんでございます。ダン様もそうされますか?」

「ああ、そうするよ」


 指輪のケースと店のお礼カードを受け取って席を立つ。

 ルドが女に小声で何か訴え続けているのが目に入るけど、今はあえて無視をして、心配そうな顔のユリアたちのそばに行った。ルドも無視する形になるのは心苦しい気がしたけれど、彼は仕事中。彼と一緒にいる女はまだ紹介されてもいない相手だから、これで問題ない。


「ミアさん、ユリアさん」

 二人に呼び掛けると、ミアたちもルドたちのことは見えてないかのように振舞った。切り替え方が見事だ。

 アルバートと二人で彼女らに指輪を見せていると、他の客が遠慮しがちに近づいてきた。


「エリカってば、本当に彼と付き合うことにしたのね?」

 そう声をかけてきたのは、しばらく唖然としたように萌香たちを遠巻きに見ていた、十七・八くらいの女の子二人だ。

 二人の様子から見て、おそらくエリカの知り合いだ。

 萌香を安心させるように、アルバートが優しくい微笑んで小さく頷く。その様子に彼女たちがびっくりしたように、小さく「まぁ!」と声を上げた。相当驚いたらしい。

 それでも目を輝かせて顔を見合わせた二人は、何か言おうと口を開きかけた萌香を止めた。


「デボラさんから話は聞いてるわ。いきなり声をかけたから驚いたわよね、ごめんなさい」

 そして二人は、おどけたようにスカートのすそをつまんで一礼した。

「あなたの同級生よ。私はハウセ・テレシア。そしてこっちがドリ」

「ディンク・ドリよ。エリカ、会いたかったわ」


「テレシア、ドリ……」


 ここに来ると聞いてわざわざ来たという二人は、エリカの日記にも頻繁に登場した旧友たちだ。


 ――あっ! ドリさんって、ルー君に一目ぼれして告白したことがある女の子だったよね。


 そのことに気づき、素早く彼とドリの間に視線を走らせる。

 ドリがうっとりとアルバートを見つめ、ほぉっと息をついたからだ。


「アルバートさん、お久しぶりです。ますます素敵になりましたね」

 堂々とそう言い放つドリに、アルバートは軽く吹き出した。

「それはどうも」

 そしてクスッと笑いながら、誰かを探すように店内に視線を走らせるアルバートに、ドリたちは面白そうな顔をした。


「ブレフトたちは一緒じゃないのかい? 婚約したんだろ?」

 彼女達だけのはずがないとでも言いたげなアルバートに、二人はくすくすと笑った。

「もちろん一緒です。これからお芝居を見に行くんです」

 そう言って彼女たちに呼ばれた青年たちは、ドリたちの婚約者で、アルバートとも知り合いらしい。お似合いである二組のカップルを見て、萌香は小さく胸をなでおろした。


 ――よかった。ちょっとドキドキしちゃった。


 そんな胸の内がばれたのか、ドリがニコニコと笑って萌香の耳に口を寄せる。

「デボラさんが言ってたことに納得。今のエリカ、すっごく可愛いわ」

「えっ?」

 なぜかボッと頬が熱くなった萌香がオロオロすると、ドリはますます笑みを深めた。

「あなたがアルバートさんとお付き合いしてるなんて意外すぎだと思ったし、正直何かのカモフラージュかな、なんて思ったくらいだけど、全然違ったのね。幸せそうで嬉しい」

「ドリ……」

 多分呼び捨てだと思って敬称を我慢し、萌香は同級生だったはずの二人を見る。

 日記の中では知っている女の子たちだ。でも絵梨花は二人の前でどんな女の子だったんだろう。

 一緒に過ごしたのは萌香ではないのに、なぜか懐かしさを感じた。


 その友人二人から、元気になったなら、今度一緒に食事でもしようと誘われた。

「エリカが連絡するなって言うから、ずっと我慢してたのよ。何があっても一年はダメだって」

 肩をすくめるテレシア。

「そうなの?」

「そうよ。でも覚えてないならいいってことにしようって。エリカに会いに行こうって二人で決めたの。嫌だった?」

 前半の強気な口調とは裏腹に、不安そうな目をしたテレシアとドリに、萌香はゆっくりと首を振った。


「会いに来てくれて嬉しい。テレシア、ドリ。何も覚えていない私だけど、改めて友達になってくれる?」


 見舞いに来てくれる人もいないと思っていた。

 でも絵梨花はたぶん、萌香がこちらに落ち着くまで混乱させたくなかったのかも――? なんとなくそんな風に思う。

 うまくいかなかった時のことを考えたのかもしれないけれど。

「「もちろん」」

 そう言って抱きしめてくれる女友達がいることがとてもうれしくて、萌香の中の何かが、もっとこの世界に深く根付いたような感じがした。


「ねえ。このあとみんなで軽食をとらない?」

 ドリの提案にアルバートを見ると、萌香の好きにしていいと言ってくれる。二人に紹介したミアたちも一緒にと誘ってくれ、テレシアの婚約者が近くの店に連絡すると一足先に店を出た。


 そこに、完全に蚊帳の外だったルドが「すみません」と声をかけてきた。


「その前に少しだけ取材をしてもいいですか?」

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