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目が覚めたら天空都市でしたが、日本への帰り道がわかりません  作者: 相内 充希
第4章 最高のメイクは笑顔です

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117.長い一日②

「いい機会だから、正式なデートをしようか」


 今日のデートの誘いの時に、アルバートは萌香にそう言った。

 エムーアの上流階級における正式なデートと言うと、運転手付きの自動車で出かけ、買い物や散歩を楽しみ、軽い食事をとる。その後パーティーや観劇を楽しみ、一流のレストランで晩餐を楽しむのだ。

 もちろん相手は親に認められた恋人や婚約者である。そうではない恋人と同じことをしても、正式なデートとは呼べないらしい。


「ロマンス小説の中みたいです」


 それはロデアのイチジョーの本宅にいたころ、メイドたちとわいわい楽しんだ恋愛小説に必ずと言って出てきたものだ。その数々のロマンティックなシーンを思い出し、彼の誘いに頬を染めてしまう。


 そんな萌香にアルバートはクスっと笑った。

「現実だよ」

 そう言って手の甲に口づけを落とされれば、緊張するなんて小さな理由でノーなんて、絶対に言えない。だからこそ余計に、今日は立派なイチジョー・エリカである必要があるのだ。


 ――うん、がんばるぞ。




「自動車だけは、俺が運転してもよかったんだけど」

 アルバートが少し心配そうに萌香を見るのは、彼の運転でなければ助手席に座るなんてことができないからだ。萌香がこちらの移動手段にずいぶん慣れたとはいえ、恋人を最大限楽しませたいアルバートとしては、毛一筋ほどの我慢さえ強いたくなかったらしい。


 ――ほんと、信じられないくらい優しいんだよね。


 時々、少し意地悪な顔をするときもあるのに、その本質はとても温かだ。

 なので萌香も落ち着いた表情で彼を見上げ、安心させるように頷いて見せた。


「大丈夫。ルー君の隣に座るってことには変わりないもの。何があっても助けてくれるでしょう? それに」

 萌香は迎えの自動車の運転手に微笑みかけた。

「今日はよろしくね、ハンス。あなたで嬉しいわ」


 自動車と運転手はイチジョー、つまり父のシモンが手配したものだ(このあたりにも日本とは違うなぁとか、実はすっごく過保護なのかなぁなどと考えてしまう)。


 ハンスは後部座席のドアを開けながら、嬉しそうににっこりと笑った。

「お任せください。エリカ様、アルバート様」


 ハンスはこれから一年、ラピュータのイチジョーで働くことになったのだ。言ってみれば卒業のための実習みたいなものだろうか。なじみのあるイチジョーの自動車に加え、運転手が知っている人という点でも心強い。


 ――なによりハンスも運転が上手だしね。


  ◆


 最初は注文していた指輪の受け取りに、カザミ通りへと向かった。

 その通りの中ほどにある雑貨店「若草」は、今十代の若者を中心に人気のある小物専門の雑貨店だ。

 手頃な値段でありながらデザインが少し凝っている。それでいて普段使いできそうな手軽なアクセサリーやハンカチなど、身に着けるものを数多く扱っている。

 ミアとユリアに紹介されたその店で作った指輪を受け取りに店に入ると、当の本人たちが偶然ですよといった顔で店にいたので、萌香は軽く吹き出しそうになってしまった。どうやら明日まで待てなかったらしい。


「まあ! アル、エリカ様、ごきげんよう。偶然ですわね」


 実際そう言ってにっこり笑う二人に、萌香も「ごきげんよう」と微笑んだ。今日は萌香ではなくエリカと呼んでくるところもさすがだ。そんな二人に合わせるよう、アルバートも「ああ、お前たちも来てたのか」と短く答えた。


 ――みんな役者ね。


 心の中で拍手をしながら店内に進むと、店員の一人が萌香たちに気づいて足早にやってきた。


「いらっしゃいませ。ダン様。ご注文の品でございますね。あちらにご用意してありますので、どうぞこちらへ」

 そう言って、店の一角にあるテーブルコーナーを指す。

 パーテーションの代わりなのか、観葉植物でなんとなく空間が区切られているコーナーは、他の客から丸見えだ。それでもカジュアルな雑貨店でありながら、どこか特別な感じを演出しているのが好ましい。店主は三十代くらいの男性なのだが、裏方を担っている妻があれこれ手を加えているであろう。女性らしい繊細な雰囲気があった。


 アルバートと萌香が椅子に腰を掛けると、店主がトレーを持って現れる。

「ダン様、イチジョー様、ようこそいらっしゃいました。ご注文のお品でございます」

 スッと出されたトレーにはビロードのような黒い布張りの小さなクッションが乗っていて、そこに揃いの指輪がリボンで止められていた。

「素敵」

 萌香が思わず目を輝かせると、店主が満足そうに頷く。

 完成したそれは、想像していたよりもずっときれいな指輪だった。


「では実際にはめてサイズをご確認ください」


 そう言われ、アルバートがリボンをするりと解き、小さなほうの指輪を手に取る。

「エリカ、手を出して」

 いつもよりも滑らかに感じるその声に、萌香の背中がぞくりとする。

 店内からミアたち以外の客も、何人かちらちらとこちらを気にしているのに気づいた。そのロマンティックなシーンにわくわくしている空気を感じ、はにかみながら萌香が左手を差し出すと、アルバートは薬指にスッと指輪をはめてくれる。

 その瞬間女の子たちの小さな歓声が聞こえ、萌香は頬を染めながら微笑んだ。


 ――本当に結婚式みたい。

 

「どう、エリカ。おかしなところはないか?」


 萌香が指輪のはまった左手を上げ、透かすように見ると、とてもイミテーションの宝石がはまっているとは思えない輝きだ。アルバートの分をちらりと見れば、そちらはそれほどでもないため、女性向けにきれいに磨いてくれたのだろう。


「ええ。ぴったりだわ」

 仕事に敬意を払い、店主に微笑みかけると、今度は萌香からアルバートにはめるよう促された。

 さっきのアルバートのようにリボンをほどき、手に取ったそれの裏面を見ると、注文通りの刻印が入っていて胸の奥がきゅんとする。エムーア人には模様に見えないだろうそれを正確に彫ってくれたことにも感謝の意を述べた。


「アルバートさん?」


 人前なのであえて以前のように呼ぶと、彼は眉を上げて目だけでそれを否定した。その子供っぽい顔に萌香も柔らかく目を細める。かすかにまつげを震わせた後、万感の思いを込めて口をゆっくり開いた。

「ルー君、手をこちらへ」

 はたから聞けば不思議な愛称に響くだろう。

 それでも萌香が無意識に広げた糸は周囲を巻き込み、まるで一つの舞台のような空気を作り上げる。


 アルバートが差し出した大きな手に、萌香もゆっくりと指輪をはめた。同じデザインのはずなのに少しだけ太いそれに女性的なイメージはまったくなく、彼の指にしっくりと収まった。

 それをアルバートは萌香がしたように手を上げて見て、小さく何かつぶやいた。

 そして萌香の前にその手を差し出したので、それに重ねるよう手を差し出す。本来だったら男性がはめていた指輪を二つに分ける。それをはめたそれぞれの手を重ね合わせるのは、一種の儀式のようなものだ。


 ――どうしよう。泣きそう。


 思いのほか厳かな雰囲気になり、萌香は胸がいっぱいになる。ミアたちが拍手をしたことで、一層お祝いのような雰囲気が強くなった。

 これでこの場にいる誰の目にも萌香とアルバートは婚約者、ないしは恋人同士に見えるはずだと気づき、萌香は浮かんだ涙を隠すように少しだけ目を伏せる。

「エリカ」

 小さく呼ばれて顔を上げると、アルバートが顔を寄せて目元に口づけて微笑んだ。

 唇にすると萌香が困るだろうと気遣ってくれたことを感じる。


 幸福感で胸がいっぱいだった。

 そんな時だ。


「あら素敵。可愛らしいおままごと(・・・・・)ね」


 明らかに自分たちに向けられた、まるでナイフで胸元をえぐるような(あざけ)る口調に、萌香はハッと振り返った。

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