第1話 恐れられた頭文字、再び(5)
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静かな庭園を前にした座敷、その部屋に一人の人物が慮りに座っていた。
そうすると、そこに新たな客が女将に連れられて入ってきたか? ここは、都内でも有名な高級料亭の一室だった。その客は、「遅れまして、すみません」と言って座った。
されど、部屋で待っていた人物は、「いや、さほど待ってはいないよ」徐に葉巻をふかせ、その後、荘重な口調で「あの娘こがやっと帰ってきたか? 工藤君」と続けた。
客というのは工藤だった。時折彼らは、内々の会を催していたのだ。
「はい、どこをほっつき歩いていたのか分かりませんが、肝心なところで現れてくれました」と工藤は言った。
「多少の成果を得たのかもしれんな……。まあ、こうして君に様子を聞けて安心はしているんだがね。ただ、あの娘も何を調べればいいのか一向につかめず、我武者羅に走り回っていたのだろう。不憫な娘だ……」
「と、仰いますと、今回の失踪について原因をご存知なのですか?」
「うむ、定かではないが、彼女は実の父母、花崎夫妻の死因を探っているにちがいない」
「えーっ? 確かMの両親は火事に巻き込まれて焼死したと聞かされましたが?」
「……あの当時、警察の捜査では結局、コードの漏電が原因とされた。そのことをあの娘は、以前から疑っていたんだよ」
「つまり、故意に誰かが関わっていたかもしれない」
「そうだ。あの娘が特殊戦闘員になると言った時、私はすぐに彼女の真意に気づいた。それ故になおさら、私は反対したんだ。だが、強くなることがあの娘この運命だったのか……。工藤君、私は、彼女を本当の子のように育ててきた。私の精一杯の愛情を注いだつもりだ。そのためか変な所ばかりが私に似てしまった。君には苦労かけっぱなしで申し訳ない。しかし、もう少し彼女の面倒を見てくれないだろうか?」
「いえいえ、苦労なんてとんでもない……時々頭にきますが。いえもちろん、Mのことは俺に任せてください。けど今回は素直に協力しますかね」
「大丈夫だ。彼女には今でも私たちが必要だ。それに戦うことでしかあの娘この道は開けない。必ず加わる」
と、ここまで会話した後、工藤は少し上目づかいで訊いてきた。
「ところで、Mにお会いにならないのですか?」
「まだだ。今はまだやるべき仕事が残っている……。だから彼女には、今日のことも黙っておいてくれないか」
「ええ、それは心得ています」
その返答を聞いて、紳士は安心した。彼の方にも事情があったのだ……
それならと、次に紳士は改めて襟を正し、
「よし、これより指令を言い渡す。工藤刑事、速やかに第三部署特戦課機捜隊UndercoverPoliceを出動させなさい」と命じていた。
すると、その声に素早く反応する工藤。
「ハッ、了解しました。八咫神総監」と答えるのであった。
一方、その頃、レディは一人、雑草が生い茂る平地に来ていた。
彼女の目の前には、生活用品が少々散乱していることから、以前建物があったと思えるふしがチラホラと見受けられる空き地が広がっていた。
所謂、住宅地の片隅にある、珍しくない風景。
そんな場所で、レディはゆっくりとバイクを降りた。手には古い写真を大事そうに持ったまま。――そこには微笑む四人の家族、夫婦と二人の幼児が写っていた――
そして周りを寂しげに眺めた後、写真の中の少年を親指で優しく撫ぜながら、
「何度、児童施設跡に来たって手掛かりなんか見つかりはしない。あんたは、どこにいるんだ?」と咽ぶ声で訊いた。
されど当然、返ってくる言葉などある訳もない。
彼女は溜息をつき、暫く佇む。……ただ、無意味な時間だけが過ぎていく。
やはり諦めるしかないようだ。
彼女は、投げやりな気持ちでバイクに跨り、虚しくその場を走り去っていった。