第九話 最終話(7)
4 完
次の朝、現場検証に立ち会う工藤の姿があった。
数名の警官が、北条が立てこもった部屋を物色しているのに対し、彼は一人、レディが飛び降りた窓枠の前に立ち、外を眺めていた。
結局、彼らの素早い捜索を以ってしても、今なお彼女の行方は分からず、引き続き懸命な探索が行われていた。
「なあ、Mよ。崖下の川を浚っても、お前が見つかる訳がねえのは承知しているんだが、もしかってこともあるんでやらせているぜ……」と工藤は独り言を話し始める。どんな状況に陥っても、彼女の生存を固く信じているかのように。
「まあ、お前が簡単におっ死ぬとは思ってないがねぇ。なあにそのうち、ひょっこりと顔を出すつもりだろうって。それまで好きにすればいいさ。お前の気が済んだところで、また帰って来い。残りの者で留守を預かっといてやるからよ。けどな、M。できるだけ早く済ませてくれよなあ。……嵐は近いかもなしれない。何となく、そういう気がしてならねえんだぁ」
そう言って工藤は、空を眺めるのであった。
その日も穏やかな晴天だった。いつしかヒバリも、大空高く舞い上がり、華麗に滑空していた。
するとここで、一人の新米警官が姿を見せた。工藤のいる建物と崖の間は大凡人一人が通れるぐらいの道幅しかなかったのだが、そんな場所ですら、あるかどうかも分からない遺留物を探しにきていたのだ。
彼は、あまりにも狭い岩肌の通路をそろりそろりと歩いて進んだ。無論、ちょっとでも足を滑らせたなら、奈落の底へと落ちてしまう。しかし、これも大事な仕事だと割り切って、高所であろうとも任務に就いていた。
続いて彼は、膝をついて恐る恐る崖の下を覗いた。
切りだった絶壁が目に入る。だがそれだけでなく、意外にも、歳月を重ねたせいか、そうした不毛な岩場であるにも拘らず、草木が精魂たくましく確りと生えている画も見えてきた。特に、崖下三メートル辺りでたくましく育った一本の木が目につく。それは、略垂直に傾斜する岩肌に根を下ろし、見事に体を曲げつつ太陽を目指して真っ直ぐに伸びている、幹の長さは約二メートルで、太さは人の大腿ほどの、松の木だ。――部屋の窓からは到底見えない位置に生えていたが――加えてその風体は、強固に根を張り風雨に耐えてきたのだろう、威厳さえも窺えた。そのせいで、彼はその立派な根元を暫くの間見入ってしまった。
……が、そのうちに何か異変を感じた。
木の幹に、〝つる〟のような物が絡んで垂れていたのだ。
しかも、風で微かに靡く中、それは太陽の光を浴びて黒い光沢を放っていた。……どう見ても、植物ではなさそう。
そしてその直後、漸く彼は気づく!
あれは――鉄の鎖だ!――
(第1章 終わり)




