第8話 最後の決戦-1
1 覚醒
皇虎が、荒地の中を一心不乱に走って逃げていた。奴はどこを目指しているのだろうか? 全く想像もつかない。
だが暫くすると、皇虎の行く手に五階建ての、一見強固そうな廃墟のビルが見えてきた。どうやら、そこを逃げ場に選んだ様子、奴はすぐに内部へと駆け込んでいった。
そして、言うまでもなく機総隊UPもそれに準じて、真っ先にレディが駆け入り、続いて遅ればせながらセブンたちも中に入ろうとしていた。……が、ここでセブンは、「そうだ、抗ウイルス剤を持ってきてたんだ」という工藤の声を耳にする。真後ろを走っていた彼が、急に思い出したかのような口調でそう言ったのだ。それから、唐突に彼女は引き止められ、「おい、これを皇虎の体に撃ち込め」と指示された後、薬入りの注射筒が装填された空気銃を工藤から受け取った。要は、ウイルスへの対抗策も考えていたという話だ。
セブンは、その命令を了解する。すぐさまおクウとともにビル内へ入った。
すると、階段を上り最上階に到達した途端、レディと皇虎の激しい戦闘を目にする羽目になった。疾うに死闘が開始されていたのだ。
がらんとした大広間で、レディの蹴りが巨漢の顔面に決まれば――奴は仰け反ったまま倒れ込み――それに対して皇虎の強拳が、レディの腹部に炸裂したなら――彼女は蹲り、懸命に堪えている――といったような、一進一退の攻防が繰り広げられていた。まさしく、生死を賭けた戦いを目にしていたのだ。
ならば、こうしてはいられないぞ! セブンたちも参戦すべく行動に移した。おクウは、レディに加勢するため奴に立ち向かい、セブンはその後方で、レディたちの動きを読みながら慎重に狙いを済まして空気銃を構えた。
そうすると……早速、セブンにとって絶好の機会が到来したか? レディの強烈な拳が皇虎の脇腹にヒットして奴が動きを止めたのだ。痛みで動けなくなったよう。だが、そのチャンスに――タイミングを見計らっていたのだろう――続いておクウが皇虎に蹴りを放ったため、味方の身体が邪魔になり撃てなかった。
(くっ、残念! 少し様子を見るしかない)とセブンは諦める。
……が、そう判断したのも束の間、すぐにまたチャンスを得られる。おクウが出した跳び蹴りも決まって、奴は力なく膝をついたのだ。奴は力なく膝をついた。
(それなら、今度こそ!)
と思ったが……否、駄目だ! この瞬間も、やはり敵味方が密集していて狙いをつけられなかった。結局、ここは一旦、断念するしかないようだ。彼女は、またの機会を待つことにした。
一方、目の前で繰り広げられていた対戦は、巨漢を跪かせたことでおクウが勢い付いていた? さらなる攻撃を仕掛け、回し蹴りを見舞ったよう。
ただし、相手は超人、そうそう何度もやられはしなかったか? 皇虎は、しゃがんだ状態の無防備な体勢にも拘らず、蹴りを受けると同時におクウの右足を抱え込んでいた。どうやら、一瞬で攻守が逆転されたみたいだ。
こうなると、流石におクウも焦りの色を見せる。そして、言うまでもなく、逃れようともがいていたが……それはどう踏んでも、無駄な足掻きだったに違いない。力の差は歴然で、逃げられるどころか、遂には全身を持ち上げられ、スイング回転技をかけられてしまったのだから。つまり、おクウが激しく振り回され始めたのだ! しかも、レディの方へと回転しつつ近づいている? これは、弱ったぞ! おクウの体を凶器に仕立てるつもりだ。
となると……標的にされたレディの方は、どうすべきか判断がつかないであろう。[おクウを助け出すことが先決だとしても、回転が速過ぎて迂闊に接近できない]彼女は徐々に後ろへ下がるばかりか?
「けっ、参ったなー!」するとそこに、工藤が遅れて到着した。そして彼も、この光景を一目見て、すぐに危機感を抱いたみたいだ。どうやら、皇虎が企てている攻撃の周到さに気づいた様子。というのも、一見すると単純な(人を人で殴打する)攻撃を仕掛けているようにも思えるのだが、必ずしもそれだけを謀っているのではなく、皇虎は凄まじい回転のエネルギーを加えてからハンマー投げのようにレディに向かっておクウを投げ捨てることも視野に入れているに違いなかった。つまり、敵の仲間を放り投げさえすれば、相手は避ける訳にもいかず、逆に死にものぐるいで必ず受け止めようとするはずだ、と奴は踏んでいたのであろう。そしてそうなった時は、無論その衝撃は恐ろしく強大なのだから、二人とも深刻な致命傷を負うことは必至。同時に彼女たちを片付けようとする、皇虎の謀略だったという訳だ!
それ故、奴はより一層――やはり、思った通りの展開になったか?――回転スピードを上げていったよう。まさに、極限に近い速度へと激変したのだ! (これを食らわされたなら、ただでは済まなくなったぞ!)
……と、その直後、とうとうレディに最接近――
ところが、次の瞬間――発砲音がした!――何と、ここでセブンが、空気銃を撃っていた! そうはさせじとトリガーを引き、注射筒を発射させたのだ!
[忽ち皇虎の肩に突き刺さる]
すると、「うっ!」奴は、呻き声を上げバランスを崩した。当然ながら回転も乱れ速度が落ちる。
そこに、「とりゃー!」飛んだァー! (今がチャンスと捉えたか?)体を捻って、皇虎の首に、側面からの全体重をかけた凄絶なかかと蹴り! 〝そう、レディが、仕掛けたのだァー!〟
よって、ただちに、「ぐぐっ、げごっ……」皇虎は吹っ飛んだ! 超強力な打撃を貰った限りは抗えはしない。物凄い勢いで壁に激突して、そのままコンクリート壁をぶち抜き、あっという間に隣の部屋へと掻き消えてしまった! 後には、もうもうと砂塵が辺りを埋め尽くすのみ……
遂に、皇虎を完膚無きまでに叩きのめしたのだった!
だが……待てよ。そうなると、機捜隊UPたちにとって一番の心配事も起こったことになる。
――奴の手から放たれた、おクウの末路はいかに?――
大変だ! 彼女は、数十メートルも宙を飛ばされ、あわや頭からコンクリート床面に衝突しそう……
と一瞬、危惧したが、いいや、ここでも救世主が現れたか? おクウを守るため懸命に滑り込む〝工藤だ!〟彼が決死の形相で受け止めていた。
ただし、そうは言っても……そうそう容易く止められるものではなかった? その時の激突のレベルは尋常でないのだから。
そのため、二人は見事に弾き飛ばされ、一つの塊となった状態で全身に強打撲を受けながらコンクリート床を転がっていった。それから、埃塗れの、まるでぼろ布のような姿に変わり果てた後、漸く冷たい床の上で静止する。しかも最悪な結末も連想させる状況?……微動だにもしていなかった!
〝何てことだ! とんでもなく惨烈な光景が目の前で展開されたのだ!〟
「工藤のおっさん!」故に、レディの憂虞を込めた声が辺りに響く。
そしてセブンも、思わず駆け寄った。
二人は、最悪な終焉を迎えることも覚悟する。
すると……
「いてててっ!」容姿はボロボロになっていたが、工藤が呻吟した? 次いで「工藤刑事、救ってくれてありがとうございます」とおクウも、感謝の言葉を口にしたか? どうにか、二人とも無事だったのだァー!
(よかったァー!)この結末には、唯々天を仰ぎ謝意を表すべきだろう。セブンたちはホッと胸を撫で下ろし、その厳しかった顔も緩んだ。
とはいえ、そう安心したのも束の間、「なあ、俺もまんだらでもないだろう? 足手まといになんかならないさ」と言って工藤が起き上がろうとしたところ、「いててて、ほんと参った。あばらをやっちまったぜえ」と叫換した。どうやら、不運にも肋骨を折っていたみたいだ。(やはり、多少の代償を払わされるのが常のよう)
片や、それに対しておクウの方は、持ち前の頑丈な体とプロテクターのお陰で、打撲のみの軽傷で済んだという。要は、工藤だけがとんだ災難を被ったという話か? そのため、
「俺が一番、損な役回りってことかぁ? だから、外回りはいやなんだよぉー」となおも彼の嘆きが聞こえてきたのだったが、妙にその言葉が場を和ます。
全員、この時ばかりは心から安堵するのであった。




