第7話 怒りの果てー3
「ゲボッ!」レディは、否応なしに数メートルも飛ばされ壁面に激突させられた。そうしてその場に、うつ伏せで倒れ込む羽目になってしまった。
――何と、遂に奴の、強烈な一撃を貰ってしまったのだァー!――
「うううっ……」レディは、もがき苦しんだ。激しい痛みと息苦しさで体が言うことを聞かず、起き上がることさえままならないほどのダメージを受けたのだった。
しかし、全く信じられないほどの破壊力だ。ただ、じっと耐えることだけしかできないのだから……。とはいえ、まだ休んでなどいられないことは重々承知していた。次なる攻撃に備えなければならないのだ。そのため、懸命に顔を上げて前方を注視した。
そうすると、目の前にはまるで筋肉の鎧を身につけた魔人のごとき皇虎が屹立していた。しかも、余裕の表情を浮かべ、じわりじわりと近づいてきている様子。
(駄目だ! この腹這いのままでは一瞬で殺られてしまうぞ!)彼女は、当然ながら危機感を覚える。そのため、ただちに体勢を立て直さなければ……と焦ったものの、
「うむむっ!」やはりどうにもならなかった! 相当なダメージを負わされため、手足の自由が利かなかったからだ。彼女は、益々切羽詰まった!
ところが、そんな中、思わぬ声が聞こえてきた? 「ね、ねえさん」と呟く康夫の声だ。彼はグラウンドの片隅で、レディたちの死闘を呆然と眺め、どうすればいいのか途方に暮れているみたいだった。
……だが、次に何か吹っ切れたような表情になったかと思ったら、突然一目散に走り出したか? (はて? 何をする気だ)それから、砂場に埋もれたギラリと光る物体に駆け寄ったなら――たぶん、前座の武器類を後始末した時、北条の部下が取り残した代物に違いない――それを拾い上げて皇虎の直前に進み出た? それは、まるでレディの盾になるかのように。そして、
「来い、今度は俺が相手だ!」と勇猛果敢に叫んでいたではないか!
〝何と、康夫は、日本刀を手にして皇虎に立ち向かおうとしていたのだ!〟
(全く、無鉄砲なことを……)これには、流石にレディも大いに戸惑った。ただそうなると、自分のことより、先ずは彼の安全を危ぶむべき話になってしまったようだ。よって、すぐにでも止めさせなければならないと判断したのだが……「うくくっ!」無理だ、動けない。立ち上がることも困難な状態では、静観する以外方法がなかった!
一方、そうした中、その反目を目にした皇虎の方は、
「かっかっかっ、馬鹿め! お前ごときがわたしと一戦を交えようというのか?」と康夫を一喝していた。
とはいえ、彼の方も口では負けていなかった?
「お、俺だって、やるときはやるんだ。恐かねえど、てめえみたいなバケモン!」と明らかに虚勢を張った態度であったが、強気で言い返していた。
「ふふっ、言うではないか……」すると、皇虎は含み笑いを見せて、一旦康夫の声に応じた。ところが次に、彼の雑言が多少なりとも癇に障ったのだろう、己の悪事にも拘らず、以前の殺戮をさも誇らしそうに暴露していた。
「そういえばお前の連れだった雅とか言うクズは、わたしが捻り潰したおいたよ。ついでにお前もあの世へ行くがいいさ」と。
「なにー!」――(仕舞った! とうとう康夫に真実が伝わったぞ)――「てめえが、雅を殺ったのかー!」途端に、彼の怒りを込めた怒声が聞こえてきた。
……となると、このままでは治まりそうにないぞ! この時間稼ぎとも取れる睨み合いだけで終わらず、より無茶な行動に走りそう?……と思った次の瞬間、やはりその予測は的中していた。「クソッ、許さねえー、許さねえーぞ!」と言うが早いか、我を忘れたかのように刀を振り上げ――「止めろー! 康夫」と必死に叫ぶレディの警告が虚しく――危険も顧みず皇虎に切りつけたのだった!
ただし、残念ながら……それがいかに無謀なことか。一介の青年が超人に勝てるはずもなく、彼の放った剣は皇虎を捉える前に一瞬で弾き飛ばされ、それと同時に彼の首はいつの間にか皇虎の手の中、康夫は高々と宙に吊り上げられてしまったのだァー!
(何ということ……。この結末だけは避けたかった)これを目にしては、レディも、心底悲嘆した。まるで、ぼろ布のように垂れ下がった康夫の姿を目にしていたのだから。
それでも……まだ望みはあった?
「うっ、ううっう」康夫は生きていたのだ! 苦しそうに呻きつつ、体を揺らし足をばたつかせていた。
ならば、こうしてはいられない! 彼女は、今すぐ彼を助け出さなければならないと己を叱咤した! 痛みがあろうとも気力だけで立ち上がり、皇虎に向かっていったのだ。そして、「てやー!」――けたたましい打撃音が鳴るとともに砂煙が舞った――形振り構わず、奴の胴に蹴りの連打を浴びせた!
ところが、皇虎に幾ら蹴りを入れても、一向に康夫を放そうとしなかった。それどころか、逆に体を翻され……「うっ!」レディの背中に奴の一撃が炸裂していた! 強音とともに蹴り飛ばされてしまったのだァー!
またも彼女は、数メートルも宙を舞い、地面に叩きつけられた! レディは激痛に耐える。やはり、まるで歯が立たないと思い知らされながら……
しかも、その直後――そうなることが必然だったのか?――遂に悲惨な現実を、目の前に突きつけられてしまったでないか!
「死ねー!」という奴の一声が、図らずも聞こえてきたかと思ったら、康夫の首から鈍い音が鳴り響いたのだ!――(えっ? まさかそれは……頸椎が砕かれた音?)――。続いて奴は、何食わぬ顔で、〝まるで木人形のように手足が伸び切ってしまった彼の体〟を前方へ投げ捨てていた!――(そんな、嘘だろ? 康夫の命が奪われてしまったというのかァー? 何という非道!)――
「やすおぉぉー!」レディの悲哀に満ちた声が、周囲に木霊した。
そして、即座に彼の所へ、這い蹲りながらも一心不乱に駆け寄って、「おい、確りしろ!」と懸命に声をかけたものの……
「ね、ねえ……さん」康夫は、か細い一言を最後に――(まさに、これほど惨い仕打ちがあるだろうかっ!)――事切れてしまったのだァー!
「うわああぁぁー!」彼女は大声で泣いた。力一杯、膝の上で拳を握り締め、何故罪なき者がこんな目に遭うのかと天を仰ぎながら大いに嘆き悲しんだ。……と同時に、皇虎への憎しみが沸々と湧き上がってきたことは言うまでもない。彼女は、この悪しき魔人へ鋭い眼光を向け、必ずこの代償を払わせてやると心に誓うのであった!
とはいえ……そうは言っても、今のレディにどれほどの勝機が残っているというのか? この状態では康夫の二の舞……
すると、そう憂惧しているうちにも、皇虎は着実に距離を縮め、いつの間にか彼女の真横に立っていた。そのうえ、直立不動の姿勢で拳を構え、今にも攻撃を加えてきそう……
と、その直後、「お前もそいつの後を追いな。無能な人種め!」と言ったかと思ったら、ありったけの力を右腕に込めたよう。忽ち、奴の上腕二頭筋が膨れ上がった!
そして、遂に――駄目だ! 最大の危機が到来した。もう逃げられはしない!――ハンマーのような剛腕を、振り下ろしたのだァー?




