第7話 怒りの果てー2
2 ラストバトル
「ねえさん、俺たちはどうなるんだ?」とレディの後ろから声がした。どうやら二人とも、皇虎に始末させようという了見か? その声は康夫だ。
レディは、できるだけ危険が及ばないようにと彼の前面に立ち、「康夫、俺の側から離れるんじゃないぞ」と強く念を押した。
ただし康夫の方は、怯えた声で「へ、へえ?」と答えただけだったが……
するとそんな中、待ちかねたと言わんばかりに声高々と話す、北条の講釈が聞こえてきた。
「さあ、見てください。彼女がミス皇虎! 超人となった我々の最高傑作です。将来は、軍高級指揮官としての地位に就いて貰うつもりだ」と。
だが、この対戦カードを前にして、アリームたちは何故か首を傾げた? どうやら、レディたちを一見して疑問に思ったのだろう。
「ソウデスカ。デモ、アイテガ、ツヨソウデナイノハ、ドウシテ? タダノワカモノデスネ」と訊いていた。
ただし、その疑問は想定済みのよう。ただちに北条の釈明が入った。
「心配御無用。あの女はひ弱そうに見えるが、暗黒街でその名も知られた、レディMと呼ばれるつわものですわ。最強と言ってもいいくらいだ。……まあ、皇虎の相手としてはまだまだ不足だが、それでも期待通りの戦いをしてくれますよ」と。
「ホホウ、ソレハオモシロイ」これでアリームも納得したか?
ならば、準備は漸く整った次第。北条の号令が聞こえてきた。
「よーし、皇虎よ。始めるんだ」と。
よって巨漢は、立ち所に動き出す。そしてそれとともに、レディの方も康夫を庇いながら間合いを取り始めた。……とはいえ、どうにか体力は回復したものの、皇虎を相手に戦えるほど万全ではなかった。それに、頼りの飛び道具までも奪われているのだから、到底敵うはずもなかったのだ。
するとここで、「お前がMだったとはな……」と突然、皇虎が話しかけてきたか? 肩を怒らせ、徐々に回り込みつつ「私も気づかなかったよ。だから学園をスパイしに来ていたんだね。くくくっ、八咫神桃夏さん!」と余裕の表情で奴は語ったという。
ところが、その声を聞いて、声を荒げる者も現れた?
「えっ?……八咫神!」
秘書の大門寺(皇虎の父親)だ。どうやら、奴らにとって思いも寄らない姓だったよう。そのため、間髪入れず隣に鎮座する北条に、「せ、先生、あの女、八咫神とは?……警視総監の娘ではないのですか?」と慌てて忠告していた。
そして北条の方も、目を見開き歪んだ表情を見せた後、「あいつら……よくも、裏切ったなあ! 娘を差し向け、わしを陥れる気だったのか」と苦々しく言い放ったようだ。――まさか、何かしらの接点があったのか?――
となれば、次に大門寺は、それなりに考慮しなければならないと思ったに違いない。切羽詰まった声で、
「どうするんですか? 総監の娘と、このまま戦わせるつもりですか?」と訴えた。……が、北条はその忠告に反して、
「ええい、構わん。そう来るならこちらも覚悟の上だ。やってしまえ!」と強硬姿勢を貫いたという。
そうして後は、その件に関して、一切喋らなくなった。
一方、そんな裏話など知る由もないレディたちは――否、例え知ってしまったとしても、今はその事実を精査している余裕はないであろう――ただ静かに睨み合っていた。
……とはいえ、それは上辺だけのこと。その場は計り知れぬほどの殺気に満ち溢れ、一触即発の雰囲気が漂っていた!
そして、一瞬風が吹き抜けた、その時だった……
「てやぁー!」とうとう、戦士たちの死闘が始まった。 先ずはレディが、空中殺法で奴の胸元へ――鈍い打撃音が鳴る――跳び蹴りを食らわせたのだ!
ところが、強打撃を受けようとも、皇虎は微動だにせず、全く効いていないという顔つきを見せた。
さらに、レディの正拳が乱れ飛んだ。……が、これもまた、動じることなく、ことごとく腹に受けた。まるで己の強靭さを見せつけるかのごとく仁王立ちしたままで。
ならば続いて、レディの十八番、渾身のかかと蹴りだァー!
ところが……それも駄目かッ? どれほどの強拳を振るったところで、やはり奴には通用しなかった。脳天への一撃でさえ平気な様相で、殆どダメージを与えられなかったのだ! レディは、攻めあぐねた。仕方なく、一旦動きを止めて息を整える。
すると、それを目にした皇虎は、「どうした、これで終わりか?」と不気味な笑みを浮かべるとともに、勝ち誇ったような口振りで話しかけてきた。しかも、ゆっくりと身構える動作も見せながら。
どうやら、お遊びは終わりのよう……。レディは、これまで以上に警戒する。
と、その直後、「それなら、遠慮なく行くぞ!」という雄叫びを発したかと思ったら、愈々攻めに転じたか? 皇虎が凄まじいパワーを秘めているであろう左右の拳を振り下ろしてきたのだ!
〝つまり、明らかに危険極まりない展開に入ったという訳だ!〟
よってレディは、宙を舞いながら――言わば、空中回転の連続技を駆使して――奴の空を裂いて繰り出される強拳を見切る。まるで獣に纏わりつく羽衣のような軽やかさで、俊敏に逃れた。
ところが……奴のエナジーは比類なきもの、尽きる道理もないため、益々強力なパンチを振るってきたという。そのため、いつの間にか二人の速さは、常人では計り知れない域にまで達し、目でも追いつかないほどの――時折、彼女たちの動きが残像となって現れる――スピードになっていた。まさに見る者に驚異と崇敬の念をもたらし、息つく暇も与えなかったのだ!
「ブラボー、ブラボー、スゴイデスネ」それ故、この光景を目にしたアリームは、感嘆の声を上げていた。北条も満足そうな顔で首を縦に振っている。
……とはいえ、勝負の行方は、非情な末路へと突き進む運命なのであろうか? 突然、均衡が破れる時が来た! レディの死角をついて――奴の動きをほんの一瞬だけ見失っただけなのに――皇虎の右フックが、目の前に迫ってきて、このままでは諸に食らってしまいそうになった!
そこで、止む無く両肘を盾にして受け止めようと……。しかし、途轍もなく強力なパンチ、やはり腕だけでブロックなどできはしなかったぁ?
忽ち、レディは体ごと吹っ飛ばされ、無防備な体勢で仰け反った。
そして、次の瞬間、(何てことだ!)恐れていたことが必然的に起こってしまったのだァー!
奴の狙い済ました左拳が――激烈な強打撃音が響く!――彼女の腹部に、炸裂していたではないかァー!




