第1話 恐れられた頭文字、再び(3)
――数発の銃声が鳴った!――ところがここで、警官たちの発砲が遂に始まり、ゴム弾が発射されていた!
忽ち化け物は、鈍い打撃音にまみれつつ、まともに弾を受けた。強力な衝撃圧によって仰け反ったのだ。……とはいえ、倒れるまでには至たらない。少し怯んだだけでほとんど無傷で立っていた。
全く、効かないというのか? この結果を目にしては、警官たちも驚きを隠せない。
しかも弱ったことに、今度は奴の方が、「ググガガー」と唸り声で怒りをむき出しにしたかと思ったら、凄まじい速さで反撃に転じていた。警官の一団へと雪崩れ込んだのだ。
よってそうなると、今度は警官たちが騒然とならざるを得ない。防御する暇などないまま容易になぎ倒され、一人二人と何名かが数メートルまで殴り飛ばされたのだから。しかも、化け物のすぐ側で――恐怖のあまり――腰を抜かした警官たちもいた訳で、彼らは、「うわーわっー」仰向けになった状態で這いずりながら逃げ惑った。引きつる顔に死の予感を漂わせ……
だが、そのうちに一人の首元が鷲掴みされ、高々と吊り上げられたか?
「うぐぐぐ……」警官は、足をバタつかせ苦しがる。どうやら息ができない様子。となれば、大変なことになったぞ! このままでは殺されてしまう。
ところが、その時――強打撃音がした!――突然、化け物の頭へ衝撃が加えられたのだ。するとその拍子に奴の手が緩み、警官は解放され地面にへたり込む。何とか命拾いした。……とはいえ、いったい何が起こったのか?
誰かが、化け物の側頭部に飛び蹴りを食らわしたようだ。そう、いつの間にか化け物の背後に、セーラー服姿のうら若き娘が立っていた。彼女がスカートを翻し、得意の蹴りを見舞っていたという訳だ。
そして、彼女の宣戦布告が告げられたのだった。
「さあ来なさい。今からは、この空美様がお相手いたします」と拳を構え、戦う気力満々で対峙した。
この少女は?……勿論ただの学生ではなかった。両手の指にメリケンサック、肘と膝に鋼鉄サポートを身につけた、戦闘能力一級の戦士。その名も西大路空美、通称〈おクウ〉と呼ばれし娘であった。
「おクウ、気をつけてかかれ」それと同時に、指示するような男の声も聞こえてきた。あまり高そうでないグレーのスーツに、くたびれたコートを羽織った、三十代後半の男が野次馬だらけの人混みを押し退けて姿を見せていた。
おクウはその声を耳にして、「分かってますわ。工藤デカさん、こんなのは初めてよっ」と答えた後、化け物へ向かって瞬時に仕掛けた! 彼女の、戦いの始まりだ。
二度の強音を鳴らす! 左右の回し蹴りを浴びせた。
ところが、化け物は強力な彼女の蹴りを受けても、とんと意に介さない。まるで虫に刺されたくらいの無表情で相対する。
「うっ、効きません? ならば……」彼女はそう言うと、今度はより強力な一撃を放つため、地面にしゃがみ込み、次いで手と膝をついたなら、一気に垂直飛び、鈍い強打撃音とともに膝の鋼鉄で化け物の顎を蹴り上げていた!
これには、流石に化け物も体勢を崩し倒れそうになる。
ならば、さらなる攻撃のチャンスとばかりに、彼女は相手の顔面へ肘打ちを見舞った……が、敵も一筋縄ではいかない? 彼女の超合金の肘が当たったにも拘らず、奴に腕を掴まれ、力任せに投げつけられてしまった!
途端に、彼女はスカートが捲れ上がった露わな姿となって何十メートルも飛ばされ、地面に転がり落ちる。奴の強力なパワーを受け、無残にも一撃でズタズタにされたのだ! まさか、一級の戦闘力でも通用しないとは……
「うううっ、何て馬鹿力……」彼女は、その場にぐったりと横たわったまま、奴の底知れない力に驚嘆していた。これほどの怪物が、こんな所に現れるなんてとても信じられないと感じつつ。
するとここで、この戦況を具に見ていた警官たちが、彼女に加勢するために動き出したか? 最終手段として実弾を使うつもりのようだ、M60リボルバーを構える動作が窺えた。
続いて号令一下、彼らは前方に立ちはだかる化け物へ、何十発もの銃声響かせ拳銃を発射した!
ところが、化け物の方も、二度目はそう容易く命中させてはくれなかった。驚異的な速さで移動したかと思いきや、車の脇に身を隠し上手く弾を逃れた。そのうえ、次に銃声が止んだ瞬間、一ッ跳び、倒れるおクウの真上に覆い被さるような形で出現した。
これは、大変だ! 彼女を標的にしている? おクウにとって最大の危機になってしまったか? 今の衝撃を受けたせいで、彼女は逃げるどころかまともに立ち上がることもできないのだから。
それでも、おクウは、まだ戦おうという意志を示した。化け物が肩を怒らせ、獲物を見るような目で徐々に迫ってきている中、高速道路の高架下で半身を起こし、ズリズリと後ろに下がりながらも、ファイティングポーズを取って敵を見据える。
一方、警官たちもその光景を見て焦っているみたいだが、おクウが側にいる状態では、発砲も容易にできず迷うしかない様子……
そしてその直後、遂に化け物の腕が高々と振り上げられ、彼女の頭を目掛け、容赦なく叩きつけようとした?……