第3話 仲間の危機(4)
3 戦士たち
――それから遡ること2時間前のこと――
都心から離れた山奥に、まるで寂れた工場跡のような場所があった。草木も生えない、黄色味がかった広大な土地に、古びた建物群がひっそりと佇んでいたという。
ただそれでも、少し様相が異なる施設も存在していたような……。敷地の一角に、場違いとも思える最新のバイオ装置の研究室が完備されていたのだ。しかも、内部では、常時数人の白衣を着た研究者が忙しく作業を行っていた。どうやら、その傍らに寝かされている、学生らしき人々――今は四名の男女――を実験の対象にしているのだろう。つまりこの場所は、人知れず悪事が為されていた伏魔殿に違いなかった!
だが、もう隠し事はできまい。この光景を、ちょうど屋根の明り取りから具に見つめている部外者がいたからだ。
「ビンゴでございます。実験施設を発見いたしました。生徒と思える者たちが捕らわれています」と、戦闘用の迷彩服に忍ばせておいた無線機を取り出して報告していた。そう、その部外者とは、〝機捜隊UPの切り込み隊長〟おクウであった。彼女が、漸く疑わしい現場を見つけ出したという訳だ。
そして、「プシュよし、用心しろ。セブンを送るプシュ」と言う声が、彼女の手にするトランシーバーから返ってきたところで、彼女たちの潜入捜査が始まったのだ。
おクウはゆっくりと屋根を伝い、上階の窓から内部に侵入した。まだ誰も彼女の存在に気づいていない。それもそのはず、彼女は忍びの極意も得た一流の兵士。這い蹲ることも厭わず、己の影を潜めて学生たちの所へ徐々に近づいていった。そうして、研究員が、被験者のいる全面ガラス壁で囲まれた十畳ほどの部屋から隣りの個室へ移動した隙に、ガラスの部屋へと入り込んだ。力なくベッドに横たわる学生たちの姿を目前にする。
何とか、彼らの詳細が分かる位置まで接近できたか? おクウは身を隠した状態で、学生たちをじっと凝視した。……が、ここで彼らの容態が思わしくないでは? と気にかかる。そのため彼女は、危険を承知の上で一人の頚動脈に触れてみることにした。
「大丈夫、脈はあるわね」すぐに触った指にパルスが伝わる。取りあえず一安心か?、生きてはいるようだ。
ところがその直後、何の切っ掛けか、目の前の学生が飛び起きた? しかも、どう対処すべきか考える間もなく、その者は掴みかかろうと迫ってきたという。
「えっ?」これには、おクウも焦った。全く想定外の出来事が起こったのだから。とはいえ、持ち前の俊敏さが発揮され、何とかその手を掻い潜り一旦難を逃れる。……も、駄目だ! それだけで終わらなかった。他の学生たちまでも目覚めたみたいで、忽ちおクウは取り囲まれてしまった。――こうなると、逃げ切れない!――
おクウは、窮余の策として「待ってください。私はあなた方を助けに――」と彼らを宥めてみた。
しかし、それも無駄だったか? 既に瞳の色が赤く変色していた。もう話が通じなくなっていたのだ。
すると、その時、「うおー!」という叫び声とともに、とうとう学生たちが襲いかかってきた。
――ならば、しょうがないぞッ!――
おクウは、得意の膝蹴りを食らわせ、さらに肘打ちで応戦した。できるだけ傷つけないように、急所を外して拳を見舞い蹴りを放った。……が、相手は超人一歩手前、そうそう倒れてはくれない。結局は全身全霊で戦うしかないのか? おクウは、心底困惑した。
ところが、ここで、意外な助け舟が入る。別室にいた研究員もこの騒動に気づいたみたいで、即座に緊急対処と思える壁のスイッチを押したようだ。
忽ち、実験室に白い煙が充満し始め――研究員は化け物を制御するため、事前に睡眠薬を仕込んでいたに違いない――学生たちはそれを吸い込んだせいでバタバタとバタバタと倒れだした。
(よし、これで漸く、難儀な状況を回避できた!)……と思えど、いいや、これでは解決に至らない? より事態を悪化させられただけだ。何故なら、おクウにもその影響が及びだしたからだ。奴らに捕まるという最悪の結末だけは避けないといけなかった。
「いけません! 早く」それ故、おクウは口を塞ぎ、急いでドアの外へ出ようとした。だが、ここでも問題が……。どういう訳か扉が開かない、緊急ロックがかかっていた! まさか、この部屋は、薬の散布と同時に鍵がかかる構造か? 大変だ! 逃げ場を失ってしまった。
となれば、残るは――辺りを窺うまでもなく、ここは全面ガラス壁――ガラスを割る以外逃げ道はなかった。そこでおクウは、通路側の壁を破ろうと無心で飛び蹴りを繰り出してみた……ものの、「うっ!」これもまたまた上手くいかない。強化ガラスで割れなかった! 何てことだ。彼女の意識は疾うに混濁して、もう耐えられそうにないというのに。
おクウは、壁に寄りかかって、最後の力を振り絞り何度も肘打ちで叩いた。……が、全く駄目だァー! 打つ手に力が入らない。この場に崩れ落ちそうになる。この時ばかりは、彼女も観念するしかなかった!
だが、その時だ! 「おクウ!」と叫ぶ声が脳裏に響いた。もう一人の戦士、セブンが、やっと登場してきたのだ! (遂に救いの手が差し伸べられたか?)
そして――砕ける粉砕音が鳴った!――ボウガンで瞬時にガラスを破壊して、セブンが逃げ道を確保したのだった。




