9.久しぶりの客
『夢の魔法使い』
脳裏にヴァニーユの姿が浮かぶ。
残念ながら、祖父のインタビュー記事にはその言葉以上の情報はなかった。
イコは改めて、『夢の魔法使い』という単語を検索する。
しかし、何かに繋がるデータは出てこない。
なんで?何かしら引っかかってもいいじゃない。
腹立たしい気持ちが湧き上がってくる。
仕方がないので、そこで数冊の雑誌と小説を読み、図書館を後にした。
再び電車に揺られ、1時間以上かけて街外れの我が家へと戻る。
『夢に忍び込むもの』
『夢の魔法使い』
その単語だけが頭をぐるぐると回る。
ぼんやりとしたまま家にたどり着くと、店内に人影が見えてハッとした。
鍵はかけてあるのに?
なぜか兎頭が思い出され、唾を飲み込む。
自動ドアになっている店内の扉はスイッチを切ってある。
母屋の扉は自分の指紋で開く。
それなのに中に人が?
緊張でぎこちない指先をドアノブに押し当て、母屋に入る。
通路をそっと進み、店の方へ足を進める。
棚と棚の間には少年が立っていた。
興味深げに陳列してある夢を眺め、イコの姿を見ると、屈託無く微笑んだ。
「どぉも〜。お邪魔してます」
癖毛の髪の毛、頬に散らばるそばかす。
一見人間のようだけれど、整った顔立ちはアンドロイドを思わせる。
だが、普通のアンドロイドはしみひとつない肌をしている。
黒子を口元や目元につけて、セクシーさをデザインすることはあっても、そばかすを使用してるものは見たことがない。
「こういう風に夢を陳列してるんだね。初めて見た」
少年はポケットに両手を突っ込んだまま、夢に顔を近づける。
「…あなた、誰?鍵がかかってたのに、どうやって入ったの?」
無邪気な様子の彼に面食らいながら、イコは疑問を口にする。
少年は片方の手をポケットから出し、手のひらを向けると指をひらひらと動かした。
「電子図書館、使ったでしょ。閲覧してる最中の指紋、借りました」
「…えっ?」
「会員証を利用したデータをちょっちょっと頂いてさ」
あまりにも簡単に答えるので、イコの思考が停止する。
「会員証がいつ使われたか、調べたらすぐにわかるから。大賢者、ボン・ポール・ガーランドの孫、イコ・ガーランド。大賢者は身内の名前も明かさなかったし、住所もころころ変えて、明かさなかった。普通だったら、探すのにもう少し苦労したかもね」
少年は再び手をポケットにしまう。
「それにこの店も知る人ぞ知る店って感じで大々的に宣伝してなかったでしょう。わかりづらいし、僕らはここから遠く離れた田舎に住んでるし、地理には明るくないんだよ」
僕ら?
そう質問しようとしたら、少年は言葉を続ける。
どうやらお喋り好きらしい。
「だから、君が名前を教えてくれて良かったよ」
「え?私が?いつ?あなたに?」
イコは目を丸くした。
「あ、正確には僕にじゃないよ。聞いてただけ」
少年は首を振り、
「教えたでしょ、ヴァニに聞かれて」
「…ヴァニーユ」
「覚えてた?」
…夢じゃなかった。
体から力が抜けそうになる。
「ちなみに僕は声だけで参加してたんだよ」
そう言われてみれば、拡声器のようなあの声の主だと気づいた。
「おい、地下に夢の木が…」
そう言いながら、店に入ってきたのは。
長い髪を無造作に後ろにまとめて、スカート姿ではないラフな姿だったものの…間違いなく、ヴァニーユだった。