8.電子図書館
夢を見ていたという感覚ではなく、違う場所に出かけていた…そんな感覚。
イコは自動運転で走る列車に揺られながら、ビルが立ち並ぶ車窓を眺めていた。
夢の中の人じゃなくて、ヴァニーユはこの現実世界でもどこかで生きてる。
そんな気がする。
都市部へ移動するのは久しぶりだった。
街はキラキラと輝いていて、行き交うアンドロイドたちはスラリとしたスタイルに整った顔立ちをしている。
颯爽と歩く姿はまるでファッションショーだ。
向かいの座席には緩いカールのかかった髪を束ねた女性と、人形のように愛らしい子供の姿があった。
昔は結婚したアンドロイドの夫婦は子供のアンドロイドを入手して育てていたが、今は子供を産む機能がついたアンドロイドもいるらしい。
人間にどんどん近づこうとしてるのも、不思議な気がするけれど。
イコは親子から目を離し、再び外を見る。
あの通りを私が歩き、もし車か何かが突っ込んできたとしたら。
あんなに沢山人が歩いてるのに、真っ赤な血が流れるのは自分だけだ。
拭いきれない、孤独感。
時間通りに列車はつき、スムーズに扉は開き、また去っていく。
祖父は言っていた。
魔法を使うには、集中力や根気が必要。
ボタン一つでなんでも出来て、運転だって自動で行う。
思考停止の世の中じゃ魔法は廃れると。
ショーウインドウには流行の服がディスプレイされている。
いつもはそれを見ると心が踊っていたのだが、イコの気持ちは晴れなかった。
時たま珍しげな眼差しを通行人に向けられながら、本日の目的地である、電子図書館についた。
白いドーム型の建物で、様々な情報を調べたり、電子書籍を借りたりできる。
ありとあらゆる膨大なデータが管理されてるのだ。
入り口に会員証をかざすと扉が開き、奥に進む。
焦げ茶のソファに木の丸テーブルが並ぶスペースの、一番奥に座った。
テーブルの隅のボタンを押すと、透明なパネルがせり出してくる。
それを指でなぞり、調べたい単語を入力する。
『夢に忍び込むもの』
そう打ち込んでみるけれど、ヒットしない。
イコは軽く小首を傾げると、言葉を打ち直す。
『魔法使い』
すると、ずらっと資料のタイトルが出てきた。
『魔法使いの歴史』
『魔法使いと戦争の関わり』
『世界の魔法使い』
『偉大な魔法使い10人』…。
試しに『偉大な魔法使い10人』をクリックすると、そこにはやはり祖父の写真が出てきた。
また自分が生まれる前の若い祖父だったが、茶目っ気たっぷりの表情でそこに映っている。
ボン・ガーランド
アンドロイドと魔法使いの架け橋になる存在。
都市を作る手伝いをし、人工知能以上の知恵を持ち、アンドロイドたちに助言をした。大賢者。
だいたいそんなような事が書いてあった。
メディアに出るのが好きではなかったため、祖父の情報はいつも似たような事ばかりで、目新しいものはない。
変わり者、天才となんとかは紙一重、のような書き方をされてることもある。
なんとなく祖父の名前か出てくる資料を流し見していると、珍しいものを発見した。
インタビューに答えている。
『アンドロイドの友達も沢山いたし、人間の友達も沢山いた。どちらの味方もできない。戦争に魔法を使わない。どちらからも裏切り者扱いされたとしても、山奥に引っ込んだ先祖の気持ちもわかる』
あの戦争についても率直に語っていた。
そして、ある箇所にイコはハッとした。
『最近は時間が出来ると、旅をしている。世界のあちこちに散らばった魔法使い仲間を訪ねているんだ。私みたいな器用貧乏と違って、1つの魔法に特化してるものがいて、面白いんだ。火の魔法使いだとか…花を咲かせる魔法使いとか。あとは夢の魔法使いなんてのもいる』