6.夢に忍び込むもの
山積みの本に手をつけながら、膨大なデータを端末に保存してくれていない事に片頬を膨らませる。
「電力がないと使えなくなるだろう。私はペンを使い、紙に書く。電力がない時も魔力がない時も、これで上手に知識を刻める」
そんな事を笑いながら良く言っていたっけ。
目を通し終わった本を横に置き、新たな本に手を伸ばす。
その本の余白に、ブルーのインクで殴り書きがしてあった。
電話をしながら、忘れないように書き留めた、と言った感じで、文章は斜めになっている。
『夢に忍び込むもの』
そう書いてあった。
「夢に忍び込むもの」
イコは口に出してみる。
そのとたん、悪夢に登場した兎頭をはっきりと思い出す事が出来た。
白い兎頭と赤い鳥…。
剣を持った少女…。
どちらをさしてるのか?
どちらでもないのか?
それとも両方か?
お客さんたちは夢を一回買い、一度しか悪夢を見ていない。
私もとりあえず一回。
二回目を試してみても悪夢になるんだろうか?
そしてまた、助けは来てくれるんだろうか?
イコは本を手にしたまま、夢の木の前に移動した。
店に並べる前の、できたての夢も悪夢化するのだろうか?
疑問ばかりだが、一つずつ試してみるかもしれない。
なぜか目覚めないリーグさんのためにも…。
本を床に置き、手頃な夢の実を探す。
ちょうど良い大きさの夢をのぞくと、白い建物が並ぶ、見知らぬ土地の風景が見えた。
両手を伸ばして丸い光を軽く引っ張ると、簡単に枝から離れ、手のひらにじんわりとした暖かさが伝わる。
それを先程置いた本の上にそっと置く。
辺りに乱雑に置いていたカードを取り出し、夢の下に差し入れると、その夢は吸い込まれていった。
彼女はしばらくカードをじっと見つめて、それからケースに収める。
そして、椅子に置いていたギンガムチェックのクッションを掴むと床に置く。
頭を乗せるとゴロリと大の字に寝転がった。
リーグさんのように目覚められないかもしれない。
傷ついた両膝のように、また体が傷つくかもしれない。
迷いを振り切るように、クッションの下にケースを入れた。
どうにでもなれ、と思いながら、強く目を閉じる。
神経が高ぶってすぐに眠れそうにはなかったが、魔法の力なのだろうか、目を閉じたまま、あれこれ思い巡らせていると、意識が薄れていった。
青い空に、白い壁の家々が並ぶ。
道路も白い石畳だ。
それぞれの家にはカラフルな花が飾られていて、外壁によく映えている。
やや坂になった狭い路地をゆっくり歩きながら、左右の家の美しさを眺める。
他に誰も歩いている人はいなく、自分だけがこの街を散策しているのだが、なんの疑問も湧かなかった。
どんどん進むと、ピンクと白のストライプ柄の屋根をしたアイスクリームショップが見えてきた。
あそこにいってみよう、と思った時、空を赤い鳥が横切った。
青い空に、嘴と足まで真っ赤の、鳥。
イコは立ち止まった。
私、この光景を知ってる。
これは夢だ。
そう思った時、アイスクリームショップの中で、何かが動いた。
嫌な予感に体が硬直する。
…ガラス越しにこちらを向いて立ってるのは兎頭だった。
イコは反射的に身を翻して走り出した。
例によって、足は鉛のように重い。
太陽の光の眩しさも、気温などは全く感じないのに、必死に走る息苦しさは感じる。
やっぱり、これも悪夢になった…!
また兎頭がいた…!
助けは現れるんだろうか?
現れなかったら、私はここで終わり?
そうだ、目を覚ませばいい、でもどうしたら?
必死に走ってるうちにイコは異変に気付いた。
感覚が、現実世界と同じになってきたのだ。
太陽の眩しさを感じ、穏やかな暖かさも肌でわかる。
走ってる足も空回りするような感じではなく、いつも地上で走るような感覚。
今、アイスクリームを食べたら、甘さも冷たさもとろける感触もわかるのではないだろうか。
これは一体どういうこと?
汗が噴き出すのも、ちゃんと感じた。