54.花吹雪
「それで…その後、ペールはどうなったんですか?」
イコの質問にショコラは窓辺でくつろぐ猫の様な表情を浮かべた。
「散々悪夢を見せてやった後、刑務所に送られたわ。厳重に隔離された場所で今頃何を思ってるかしらね?今は機械の身体を持つただの老いぼれ。アンドロイドたちが彼にどんな判決を下すのかはわからない」
「そうですか…」
赤い花びらが時折舞うベンチに並んで腰掛け、イコは空を仰いだ。
ショコラは手にしていた白いカップを口元に運び、喉を潤す。
「ヒルトの方はヴァニーユの力で眠らせたままなんでしょ?」
「はい。眠らせたままで施設で監視下に置いているそうです」
「施設ってゼムがいたあの施設と関係あるの?」
「あの研究所繋がりらしいです」
「ふぅ〜ん…。でもまぁ、落ち着いて良かったじゃない?アンドロイドを悪夢に染めた賢者の孫って悪評が、今度はアンドロイドを救った賢者の孫って扱いになって、凄かったんでしょう?」
「はい…それで、このヴァニーユの村に匿ってもらったんです」
イコは長閑に人が行き交う村の風景に目を細める。
「ヴァニーユもアンドロイドと人間の架け橋として、夢の魔法を役立てたいって言ってました。犯罪を犯すようなアンドロイドをただ処分するんじゃなくて、魔法を使って穏やかな性質にするとか…そういう研究を始めてるらしいです」
「はぁ〜立派なことで」
ショコラは空になったカップをイコに渡すと、すくっと立ち上がった。
大きく伸びをすると、一言。
「じゃ、あたしは行くから」
「えっ、さっき帰って来たばかりじゃないですか!久しぶりに会えたのに」
「ここは落ち着かないのよ。ここにいるのは性に合わないの。リモーネもそれは同じよ」
「ショコラさん…」
「で?イコはこれからどうするの?」
「私は今、ここで魔法の勉強を始めていて…自分に出来ることを一緒に探していくつもりです」
「ヴァニーユと?」
ショコラの瞳が意地悪く輝く。
「…みんな、とです!」
「そぉ?まぁいいけど。じゃあ、元気でね」
「また来てくださいね!」
背中に呼びかけると、小さい体は振り向かず去っていく。
「あれ?ショコラ来てたのか?」
背後からヴァニーユの声がして、驚いて振り返る。
「うん。少しの間だけ、だけど」
「村に顔出すようになっただけ、凄い進歩だな。はい」
ヴァニーユは手に持っていた白い花束をイコに差し出した。
「な、なに?」
「今日はリーグさんのメンテにゼムと立ちあってたんだ。目を覚ましてからの状態をアンドロイドと夢の魔法使い両方から確認するってことで…」
「リーグさん、どうだった?」
「元気だよ。問題ない。イコに渡してくれって頼まれたんだ」
「そんな…リーグさんが大変だったのに」
イコは花束を抱きしめ、うつむいた。
「反対にイコを心配してたよ。大事になってしまって大丈夫かって。元気に暮らしてるかって」
涙が出てきて、首を横に振るのが精一杯だった。
「今度一緒に会いに行こうな」
今度は縦に振る。
「ちょっとー!ヴァニ様!花束とかどういう事ですか!」
突然のフレーズの登場に涙が一瞬で引っ込んだ。
「届けものだよ」
「届けものって、そんな…」
「あぁ、うるさいな。イコ!そろそろ魔法学の授業したいんだけど」
そんなフレーズを横目で見ながら、分厚い本を抱えたポワールがやってくる。
空いた時間で家庭教師をかってでてくれてるのだ。
「今行きます!」
「じゃ、また後でな」
「ヴァニ様!」
ヴァニーユはフレーズをかわすように走っていく。
村の広場に進むとペッシェとゼムが談笑している姿が見えた。
2人に気づくと手を振ってくれる。
イコは振り返し、微笑む。
「イコは才能があるから、あっという間にペッシェさんを追い越せるよ」
ポワールが小声で毒づく。
花びらは風に舞い、村に優しく降り注いでいった。
〈END〉




