52.心中
「…ったく、人間ってのは頭が悪くて嫌になるよ」
ヒルトは深く溜息をついた。
「君たちの体は弱く、簡単に壊れる。そして滅び行くのも時間の問題だ。それなのに、なぜこの世界で必死になれるんだろうね?この世界はもはやアンドロイドたちのモノなのに」
右手で宙に円を描き、イコに向かって光線を放つ。
しかしそれは水をかけられた火の様に、簡単に消えてしまう。
「それはまだこの世界で生きてるからよ。ここで息を吸って吐いている」
イコの体から光が湯気の様に立ち上り、それらがヒルトへとぶち当たる。
ヒルトは両腕を伸ばしガードしたものの、その力に圧倒され体が後退した。
「人間の体は弱いかも知れないけど…心は強くなれる。自分の意思で強くなれる」
「心なんてどこにあるんだ?目にも見えない。思い込みの錯覚だよ。馬鹿げてる」
「思い込みかも知れないけど…私は今、力を注ぎ込まれてる気がするの。ヒルト、アンタはどう?」
イコの気持ちは落ち着いていた。
体全体がポカポカと暖かい。
反対にヒルトは今まで見たことのない焦りの表情を浮かべている。
再び光をイコに放つが、それはまた手前で消えてしまう。
「諦めてこの空間を解く?」
イコが尋ねたとたん、視界からヒルトが消えた。
「っ!?」
次の瞬間、強い衝撃が体に当たり、イコの体は叩きつけられた。
「…この近距離からではどうかな?」
ヒルトはイコに馬乗りになり、その両手を彼女の首にかけていた。
そして、自分の唇をペロリと舐めた。
「この近距離で、最大の魔法を手の平から放ったら…さすがに君も無傷じゃないだろうね」
形勢は逆転した。
ヒルトは笑みを見せ、イコの身は固まった。
「今、想像しただろう?恐怖を。正直だね。そのとたん、君に満ちる魔力が弱まった。魔法に大事なのは集中力だからね」
ぐっと首に力がかかる。
「何も魔法を使わなくても、このまま締めていってもいいんだ。ただ…派手に首を飛ばしてやってもいいと思うんだけど…どうかな?」
イコはヒルトの両腕に爪を立てる。
それに呼応するようにヒルトの力も強くなる。
おじいちゃん…ヴァニーユ…!!
イコの気持ちが爆発すると同時に、彼女の手から強い光が弾けた。
「!」
それと同時にヒルトの右腕…元はペールの腕だったそれはボトリと落ちた。
ヒルトの肩からはいくつもの配線が伸び、小さな火花を散らしている。
「…やるねぇ」
彼は落ちた腕を持ち上げて眺めると、背後の方へと放り投げた。
イコは大きく息をしながら、身構える。
ヒルトは残った左腕を彼女に向け、再び大きく円を描いた。
生まれた光線は今度は消えずにイコの肩辺りを射抜いた。
「…!」
「面白いね、心ってやつは。それのせいで、魔法が強まったり弱まったりしてるよ」
ヒルトはもう一度円を描く。
「今度はど真ん中を狙うね」
だが…
「!?」
光は放たれず、逆にヒルトの左肩が爆発した。
そして今度は左腕が落下する。
イコはその恐ろしい光景に息を飲んだ。
「やっぱり機械と人間の体の融合は難しいのか…?それとも右腕に聖なる魔法を受けたから、体内のバランスが崩れて…左腕で闇の魔法を使ったために暴発…ということなのかな」
ヒルトは涼しい顔でブツブツと考察している。
そしてイコに視線を移した。
「で?どうするの?ボクはもう魔法は使えないし。ボクら、ここで心中するしかないよ」
そう言って微笑んだ。




