50.種明かし
「…あっ」
わずかながら小さな揺れを感じ、イコは小さな声を上げた。
しかし、それはすぐにおさまる。
「今度はなに?」
フレーズも不安げな声色になる。
「こっちの夢に悪夢の素を沢山つれてきたんだ。不安定になってきてる」
「あいつらの悪夢の世界も、こっちから吉夢を送ったために不安定になってる。同じだな」
ヴァニーユが簡単に説明すると、ペッシェが乾いた笑い声をたてた。
ポワールが軽く睨むとすぐさま笑みを引っ込める。
「こちらが押し負けると、この夢の世界も悪夢に感染する。負ける訳にはいかない」
美しい瞳に獰猛な光をたたえて、ポワールが言い放った。
「じゃあ、やる事は1つだな?ヴァニ」
ペッシェが腕まくりを始めると、ヴァニーユも頷いた。
「フレーズは柱に吉夢を込めて、世界の安定を維持させてくれ」
「はい、ヴァニさま!」
「ポワールは赤い鳥の殲滅」
「任せて」
「ペッシェさんは兎頭」
「りょーかい」
ヴァニーユはメンバーに指示を出すと、剣を構えた。
「俺はヒルトをやる」
わたしは…と言う言葉をイコはあわてて飲み込んだ。
わたしは特にできることがない。
結界の中で、ゼムによりそう他にない。
「行くぞ」
ヴァニーユの声に3人は結界から飛び出した。
ポワールは弓を取り出し、赤い鳥を確実に撃ち落として行く。
そして青い鳥たちも彼の援護として、空に向かって行く。
ペッシェは次から次へと黒い兎頭や大型の獣を召喚し、兎頭の群れへと突入させていく。
ヴァニーユは踊るようにヒルトに切り掛かり、ヒルトは自分の盾に小さな結界を展開させている。
フレーズは瞳を閉じて集中し、柱に力を注ぎ込んでいた。
何か…何か、自分に出来ることはないか。
戦う皆の姿を見ていて、胸がぎゅっと苦しくなった。
おじいちゃんの夢は…悪夢を拒んでいるはず。
幸せな夢だけを届けるために存在しているんだから。
異物である悪夢を排除できないだろうか…。
イコはその場でウロウロと動きまわった。
その為に元々の夢は侵入者を排除するための〈魔法の討伐者〉を忍ばせてあったのだ。
「あいつ…かわしてばっかりで、全然攻撃しない」
いつのまにか瞳をあけていたフレーズが、ヴァニーユとヒルトの戦いを見て、低い声で言った。
「防戦一方ってこと?」
「押されて苦戦してるようには見えない。そういう顔なのかもしれないけど」
ヒルトの表情からは何も汲み取れない。
ただひたすらヴァニーユの攻撃を受け止めている。
が、次の瞬間。
受け止めていた結界にヒビが入り、ヒルトは攻撃をまともにくらった。
細い体が地面に転がる。
ヒルトはうつ伏せになったまま、右手で地面を掴んだ。
土を5本の指でぎゅっと握りしめ、深い溝が出来る。
その様子を見ていたイコの目の前が、突然真っ暗になった。
目の前に広がる闇。
後ろを向いても、上を見上げても、足元を見下ろしても黒い世界。
両手を目の前まで近づけると、なんとなく指の姿は確認できた。
ここはどこ…?
一体何が起きたの…?
「イコ」
少し離れた場所にヒルトが現れた。
体全体が白く、ぼんやりと光っているのでその姿が闇の世界に浮き上がってみえる。
「ここはなに…?」
口に出すと、声さえもこの空間に吸い込まれていく様に感じる。
「ここは夢の中に作った、ボクと君だけの世界だよ」
「そんな事…」
「出来る訳ない?見てみてよ」
ヒルトは小さな光を投げてよこした。
それは綺麗な放物線を描いて、イコの手のひらに落ちる。
丸い石がついた、指輪だった。
但し、石にはヒビが入っている。
「この指輪で結界を作り、ヴァニーユの剣を受けていた。そしてその聖なる力を吸収していた。ボクの大好きな科学と魔法の融合だよ」
ヒルトは静かに種明かしをする。




