49.ボクの体
「ヴァニーユ!」
再び夢の中へと戻ったヴァニーユとイコに3人はホッとした表情を浮かべた。
「どうだった?」
「ヒルトから魔法銃を与えられたペールだった。リモーネとショコラが参戦してくれて、奴は悪夢に囚われている」
ペッシェからの問いにヴァニーユが短く答えると、その表情は驚きに変わった。
「あのショコラとリモーネが村に帰ってきたのか?」
「村では裏切り者の扱いなのに…」
ポワールも小さく呟く。
「なんにせよ、2人のお陰でペールを捕らえることができた。で、今の状況は?」
ヴァニーユは多くは語らず、3人を見回す。
「現状維持!にらみ合い〜」
フレーズは片手をあげてから発言する。
「ある一定の場所で奴らは立ち止まっている。何かの合図を待つ様に」
ポワールが遠くの兎頭と赤い鳥を見つめながら補足した。
「何かの合図…ヒルト?」
イコはヴァニーユの横顔を見つめた。
「だろうな。あいつはどこで何をやってるのか…ペールの事もお見通しなのか…」
ヴァニーユは自問自答のように言葉を絞り出す。
「あ!見て!」
突然フレーズが大きな声で叫んだ。
通常の赤い鳥より10倍くらい大きいものが、優雅に羽ばたきながら近づいてきた。
「…ヒルトだ」
禍々しい魔力にすぐ気づいた。
鳥の背にはヒルトの姿があった。
「…派手な登場で」
ペッシェがため息と共に吐き出す。
巨大な赤い鳥は大きく旋回すると、立ち止まっている兎頭の前にふわりと着地した。
ヒルトはその背からひらりと飛び降りると、芝居がかった仕草でお辞儀をした。
「どうも、皆さんこんにちは」
相変わらず口元は微笑んでいるが、瞳の奥は暗い色をしている。
「困っちゃったよ、ボクの工場が狂い始めてきて。相容れない幸せな夢とやらが侵入してきちゃったんだ。お陰で世界のバランスが歪んできてしまってる。夢の世界の固定が危ういんだ」
ほとんど息継ぎもしないまま、流れるように一気に喋る。
「危ういのはここも一緒だよ?ここも、悪夢と吉夢が混在している。ギリギリのバランスだ」
「そっちが引っ込んでくれたら、話は早いぞー」
なんの躊躇いもなくペッシェが声をかけた。
ポワールが苦々しい顏でそれを見やる。
「そっちが引っ込んでよ」
ヒルトがにっこりしながら続ける。
「幸せな夢なんか、居心地が悪いんだ。そんなのは嘘だらけだからね。悪夢と現実は同じものだ。だから、いいんだよ」
「なんなの…あいつ、気持ち悪い…」
フレーズが怯えながらつぶやく。
「感情のないアンドロイドってあんな感じなのね…」
「え?感情めちゃめちゃあるじゃん。主張強いし」
ポカンとしながらペッシェが言った。
「んもー、何見てるんですか。あれは本当にただの機械ですよ。人間ともゼムくんたちとも違う、ただの機械!」
「いてっ!」
フレーズの拳がペッシェの腕にあたり、彼は彼女から数歩距離を置いた。
「相棒のじーさんのことはいいのか?」
そして再びヒルトに呼びかける。
「どうやら現実世界で敗北したようだね。でもボクは始めから期待してた訳じゃない。所詮時間稼ぎだよ。そもそも、ペールの魔法が宿った体だけが欲しかったからね。後はおまけだったんだ。ペールの存在でさえも」
ペールの話が出ても、ヒルトには動揺は見えない。
「ただ、これは老体だから本当は若い魔法使いの体が欲しいんだ。君たちのうち…誰がボクの体になってくれるのかな?」
朗らかに微笑みながら、イコたちに視線を順番に送る。




