48.この時を待っていた
ペールは振り向きざまに、背後の2人に魔法銃を撃った。
小さな体は左へ、大きな体は右へと反応する。
「ショコラさん!」
「リモーネ!」
イコとヴァニーユの声が驚きで大きくなる。
「どうしてここに?」
「この時を待ってたから…よ!」
ショコラはしなやかな猫の様に跳躍すると、手にしている金属の棒からペールへ光線を放つ。
ペールは魔法銃の力で相殺する…が、今度はリモーネの短剣が迫る。
「くそっ」
ペールが片手を振ると、獰猛な魔獣がリモーネに飛びかかっていく。
「お前たち!この村を破壊しろ!」
ショコラやリモーネと距離をはかりながら、ペールは怒りと焦りが混じった声で指示を出す。
魔獣たちはそれに反応して、前後左右に走り出した。
ペールも魔法銃を放ちながら、進んでいく。
獣たちの声と土煙。
村人たちの悲鳴や怒鳴り声。
あちこちで花火のように魔法の光が輝く。
「あいつを止めてゼムの体を守るぞ!」
魔獣を1匹切り捨て、ヴァニーユが叫んだ。
「あいつはアタシたちの獲物よ」
「そういうことだ。お前は手出し無用」
ショコラとリモーネが走り出すヴァニーユとイコの前に立ち塞がった。
「な、なんでだよ?」
「この時を待ってたからって言ったでしょ!」
「あの時お前たちは俺らから離れていっただろ!」
「わかんないガキね!」
魔獣を倒し、ペールからの攻撃をかわしながら、ヴァニーユとショコラは叫び合う。
「…おしゃべりは後だ」
リモーネが低い声で呟くと、短剣を地面に垂直に刺した。
「ショコラさん!」
「わかってるってーの!」
直後、ショコラは飛ぶと短剣の上に片足を乗せた。
すると短剣から黒い稲妻のような光が生まれ、猛スピードで地上を這うように伸び、ペールの影と一体化した。
「なっ!」
先程まで走っていたペールはつんのめって止まり、振り向いた。
足を動かそうとするが、動けない。
「前に進みたくても進めない…まるで悪夢みたいねぇ?」
ショコラは自分の唇を指で撫で、微笑む。
「体は機械だけど、頭は人間。そんなやつが現実世界でアタシたち悪夢専門家に勝てる訳ないのよ」
「…そういうことだ」
最後の魔獣が村人に仕留められたのを横目で確認して、リモーネも重々しく頷いた。
「アタシたちは良い夢を見せる作戦に向かないって言ったでしょ」
「俺たちな成すべきことをするだけだと言った」
戸惑うヴァニーユの表情を見ながら、2人は続ける。
「アタシたちの狙いは最初からこれだったのよ。現実世界のコイツに接触して、悪夢を見せる」
「お前たちはヒルトに接触して良い夢を見せる。それが互いの仕事だ」
…仲間を失った訳ではなかった。
「くそっ、くそっ!」
ペールは必死に暴れるが体を揺することしか出来ない。
「あんたの頭は人間なんだから。恐怖がどんなものか、わかってるんでしょ?その激しい感情…それが悪夢のエサになる」
ショコラはペールに近づき、その小さい手を彼の顔の前にかざした。
「さぁ…だんだん眠くなるわよ。1.2.3」
3でその手を丸め、指をパチンと鳴らす。
次の瞬間、ペールの体はぐにゃりと地面に倒れ、黒い光がその体を覆い尽くした。
「今…ペールは悪夢を?」
イコはおそるおそる近づいていく。
「そう、とびっきりのやつを」
ショコラは赤い舌をちらりと見せる。
「お前たちは…ショコラとリモーネ…」
ムロンを中心に、村人たちが元・村人を複雑な表情で見守っている。
「あー居心地悪い!すぐにでもどっか行きたい!」
髪の毛をぐしゃぐしゃにしながら、ショコラがうめく。
「そう思ってるのを我慢して、お前たちが戻るまでペールとゼムの体は見守っておく」
そんな彼女に言い聞かせるようにリモーネが静かに言った。
「今度はヴァニーユ、お前たちが成すべきことをやれ。次はヒルトだ」




