44.またすぐに会える
「これは…桜?」
夢の中の世界は満開の桜が空を覆っていた。
青空に薄いピンクの花弁。
あまりにも綺麗な光景にイコはそれを見上げたまま、口をぽかんと開けてしまっている。
「そう。ここは満開の桜並木の夢だ」
ヴァニーユが幹に触れながら、答えた。
「とりあえず、悪夢を防ぐ結界を張りましょう。そして、ゼムさんを探す」
ポワールが空に向かって、手を伸ばした。
「あんまり仕切らないでくれる?」
フレーズも手を伸ばしながら毒づくが、彼は全く相手にしない。
「それにしても…ヴァニは聖服が似合うから良かったよなぁ」
ペッシェはワンピース姿に変わっているヴァニーユを見て、しみじみと言った。
ポワールは顔をしかめ、
「ペッシェさん。失礼ですよ」
「いや、マジでさ。俺がもし第1能力者だったら、俺がワンピース姿を引き継ぐんだろ。ないわぁ。あ、ポワールだったら似合いそうだな」
ペッシェは屈託無く言って、笑った。
中性的な容姿で、美青年とも言って良いポワールとヴァニーユと違って、ペッシェは筋肉質な体つきで、愛嬌のある笑顔を持っている。
大型犬や熊のぬいぐるみ、そんな雰囲気だ。
とてもワンピースが似合いそうにもない。
「ペッシェさんが第1能力者になれるわけないじゃないの」
「フレーズ、お前ほんっとに生意気だな!」
「ペッシェさん、子供相手にムキにならないで下さい」
「子供じゃないし!何よ、ポワールなんていつもスカしててさ!」
「はぁ?」
ヴァニーユは深くため息をつきながら、空に手をかざした。
フレーズとポワールも一時休戦して、集中する。
最後にいたずら小僧のような表情をみせてから、ペッシェも両手を空に向けた。
瞬間、4人の手の平から淡い光が放たれて、空全体を覆っていった。
眩しい太陽を遮るレースのカーテンのように、世界を優しく包んでいく。
「凄い…綺麗…」
光の粒はきらきらと輝き、イコは小さな感嘆の声を上げた。
「これで良し。次はゼムを確保して、あいつをアンテナとして、『良い夢の工場』を作る」
ヴァニーユはそう宣言して、
「で、あいつは今どこにいるかな。イコ、探索できるか?」
と振り向いた。
フレーズが「そんなことできるのかしら?」と瞳だけで雄弁に語ってくる。
「やってみる」
イコはそんな彼女を見ないようにして、しゃがみこむと地面に両手をつけた。
夢の中の祖父の魔力を味方につけ、ゼムの存在を感じてみる。
すると、頭の中にクリアな映像が浮かんできた。
イコは立ち上がり、走り出す。
「おい、イコ!」
この先の土手に小さな小川が流れている。
そのすぐ横の花弁の絨毯の上にゼムが横たわり、目を閉じている。
その映像に突き動かされ、イコは足を前に進める。
「いた…!」
転がるように土手を降り、横たわってるゼムに駆け寄る。
「ゼム、大丈夫?」
「…大丈夫だよ」
鼻の上に舞い降りた花弁を邪魔くさそうに払って、ゼムは微笑む。
「ここ、綺麗なところだねぇ。川のせせらぎが聞こえて、ふかふかのベッドで。空は青くて、ピンクの花は綺麗で。ここがいいなぁ」
ゆったりとした口調で続ける。
「ここがいいと思うんだ。ね、ヴァニーユ」
イコが振り向くと追いついたヴァニーユが白い顔で立っていた。
「この場所を工場にして」
ヴァニーユは立ち尽くしたまま、動かない。
「なんて顔してるんだよ」
ゼムはぷっと吹き出し、それから目を閉じた。
「早くしてよ」
両手を組んで、お腹の上に乗せる。
「またすぐに会えるよ」
早口でそう言った。
仕方ないけど…これしか今は方法が浮かばないけど…本当はこんなこと、したくない。
そんなヴァニーユの気持ちがイコには痛いほど伝わった。
その時、ペッシェの厚い手の平がヴァニーユの背中を打った。
「痛っ!」
「自信がないのか?お前」
ヴァニーユはペッシェを見つめ返した。
「お前がゼムを助けて、世界を救うんだ。その為に俺たちもいる。迷うな。最善を尽くしてこうぜ」
ペッシェの真っ直ぐな瞳にヴァニーユも頷いた。
「あの人のああいう所…素直にすごいと思いますよ」
「ねー」
ポワールとフレーズもささやきあった。




