42.状況
そして、それだけ言うと彼女は顔を引っ込めてしまった。
「フレーズ?おーい」
ヴァニーユは改めて大きな声を出す。
「彼女はあの大賢者の孫娘だよ。知ってるだろ?うちの村にもかかわりがある…」
そこまで言った時、壁の一部が長方形に光った。
それは扉となり、小さくこちら側に開いた。
その隙間からフレーズは顔を覗かせ、じとーっとした重たい視線をイコに向ける。
「ふぅん…大賢者の孫」
「フレーズが心配する関係じゃないよ。…今のところは、だけど」
ゼムが楽しげに言うと、彼女は勢いよく飛び出してきて、イコの前に仁王立ちになった。
イコは圧倒されて見つめ返すことしか出来ない。
次に彼女はヴァニーユの腕に自分の腕を絡めて、グイと引き寄せた。
「私はフレーズ。ヴァニ様の婚約者です!」
「えぇっ!?」
驚きの声を上げたのは、イコではなくヴァニーユ本人だった。
「いつからそんな事に?」
「いつからって…」
目を見開くヴァニーユにフレーズは呆れた声を出す。
「どう考えても、そうに決まってるじゃないですか。村ではヴァニ様に次ぐ実力があって、歳の頃もちょうど良いのは私だけ。私は信じて疑っていません!」
「えぇ…」
「ヴァニ様、久しぶりに会えて嬉しい…」
困惑する彼の肩に体を預け、フレーズの甘えた声を聞いてると、イコは頭と心が冷えてきた。
「ヴァニーユ、そんな事より早く。時間がなくなってしまう」
「ああ、そうだな。村に入っていいよな、フレーズ」
ヴァニーユはフレーズを引き剥がそうとしながら、扉へと向かう。
フレーズはうっとりとした表情を浮かべながら、特に反対はしない。
その後を強張った顔のイコと、口笛を吹くゼムが後に続く。
「イコ、イコ」
口笛をやめたゼムが急に囁く。
「なに?」
「今のところは、って思ってるんだよね、本当に」
「なんの話?」
「うわー、久しぶりだなぁ!」
ゼムは話を終わらせ、無邪気に村を見回した。
イコは口を尖らせながらも、村の様子に目を奪われた。
白い細かな砂が引き詰められている地面に、石造りの家々。
それらを彩る色とりどりの花たち。
ゆっくりと時間も流れているような、長閑な村だった。
「ヴァニーユ!戻ってきたのかい!」
庭先にいた高齢の女性が近寄ってきた。
「外の世界は大騒ぎなんだって?」
「そうなんだ。俺はそれを解決したくて…」
「放っておけ。必要ない!」
鋭い声がヴァニーユの言葉を遮った。
「オヤジ」
息子の帰還を感じ取ったのか、いつのまにか背後に1人の男性が立っていた。
ほっそりとしたヴァニーユの輪郭とは違い、四角い顔をしたがっしりとした体型。
ヴァニーユは母親似らしい。
「アンドロイドたちがこれで共倒れになっても、俺たちには関係ない。全てが終わるまで、ここに留まれば良い」
「奴らはアンドロイドを征服して、その頂点に立ったら次は俺たち魔法使いを征服するだろう。この世界で今起きてることなんだ。関係ないことないだろう!」
父親は黙って息子の言葉を受け止めている。
「それにゼムだって…俺の友達だってアンドロイドなんだぞ!関係ない訳ねぇじゃん」
太い眉毛の奥で、父親の瞳が少し揺れた。
「あ、あの…初めまして」
イコは前へ進みでて、勇気を振り絞った。
「イコ・ガーランドといいます。祖父がこの村で学んだ魔法が…今のこんな形で悪用されてしまって…私もなんとかしたいと思っています。彼らはアンドロイドの頭に魔法使いの体を持った者と、魔法使いの頭に機械の体を持った者です。一筋縄ではいきません。どうか、お力と知恵を貸していただけませんでしようか?」
父親はじっとイコの目を見つめた。
瞳の奥の奥を探るように。
そして、口を開いた。
「ヴァニーユ、状況を詳しく話せ」




