40.情熱とさよなら
「そうと決まれば…ゼム!一回ここから離脱できそうか?」
ヴァニーユは天を仰いで声をかける。
〈できるよ。こっちではまた、アンドロイドが3体倒れたっていう臨時ニュースをやってる。奴らはヴァニたちへの鬼ごっこを一旦やめて、計画の遂行をしてるらしい〉
すぐにゼムから返答があった。
「追ってこない…?どうして」
「アタシたちを舐めてんのよ!放って置いても何もできないからってこと」
イコの呟きにはショコラが忌々しげに即答する。
「じゃあ、チャンスだな。夢の輪郭が薄いところまで誘導してくれ」
〈了解。そのまま真っ直ぐ進んで〉
ゼムの声に導かれ、夢を駆け、そして一行は光に包まれながら、現実の世界へと戻ってきた。
「…」
体も心も疲れて、イコは声も出せずに床にうずくまった。
疲労感がずっしりと重くのしかかってくる。
ぐったりとしてるのはショコラもリモーネも同じだった。
「お帰り」
ゼムは少しだけ微笑んでみせ、そんな一行を見回す。
「で?ヴァニーユ、何を思いついたの?」
「俺はずっと、兎頭や赤い鳥を倒して、悪夢から救おうと思ってた」
ヴァニーユは勢いよく立ち上がると、張りのある声で言った。
そこに疲れの色はない。
「でもそうじゃなくて…俺は良い夢、幸せな夢で悪夢を書き換えたいんだ!」
「悪夢を書き換える…?」
イコは重たい唇をなんとか動かす。
「そうだ。恐怖が伝染するのように、幸せな気持ちだって伝わっていくんだ。悪夢に侵されたアンドロイドたちに幸せな夢を上書きする。そして目覚めさせていく。…ヒルトだって、頭部はアンドロイドだ。最終的に奴にも夢を見せる」
「そうは言っても…俺たちは人間専門の夢の魔法使いだ。アンドロイドに夢を見せることは可能か…?大賢者が残した夢の木もない。解析するには時間がかかりすぎる」
強い眼差しで訴えるヴァニーユに、リモーネは小さく首を振った。
夢の木も商品も全部燃えてなくなってしまった…。
「それは…とりあえず一度、村に帰ってみようと思う。一族皆んなで相談して、力を合わせれば…」
「こんなモノ、あるよ」
苦しげに言葉を繋ぐヴァニーユに、ゼムはポケットの中から取り出した物を見せた。
それは1枚のカードだった。
「うちの夢!?」
思わずイコが大きな声を上げた。
「そう、念のために1つ拝借してたんだよねぇ。これを使って解析したら?何にもないより、きっと役にたつよ」
「ゼム!!」
ヴァニーユはゼムに飛びつき、きつく抱きしめた。
「げぇ…苦しいよ、なんなの…」
「助かったよ!よし、それを持って、村に戻る。イコも行くだろ?」
「う、うん」
「僕もいくよ。アンドロイドに夢を見せるなら、僕の身体で実験するのがいいでしょ」
ゼムはさらりと言った。
「お前…いいのかよ?この研究所は?」
「ここにいるよりヴァニを手伝った方が、奴らを食い止められるだろ」
「そっか、それじゃあ…」
「アタシたちはさよならよ」
ショコラが棘のある甘い声を響かせた。
「アタシたちは悪夢専門家。村から出た身。良い夢を見せる作戦には向かないわ」
「ショコラ…」
「よいしょっ、と」
ショコラはリモーネの手を借りて立ち上がる。
「行くわよ、リモーネ」
「ショコラさん」
リモーネはほんの数秒、彼女を見つめるとヴァニーユに視線を送った。
「俺たちはお前たちとは違う。俺たちの成すべきことをするだけだ」
「リモーネ…」
そして2人は部屋をするりと出て行った。




