4.兎頭
「…だめだ、限界」
イコは呻くように呟くと、本を閉じた。
その勢いで埃が舞う。
小難しい魔法理論の本に、祖父が何やら書き殴った書類。
アンドロイドたちや魔法使い仲間と撮った古びた写真。
そんなものは出てきたが、有力な情報は得られなかった。
長い間、無理な姿勢でいたため首や背中が痛む。
とりあえず今日の所はここまで、と自室へ戻り、パンとスープで簡単な夕食をとる。
湯船に浸かり、体がほどけていくのを感じながら、一つの考えが浮かぶ。
自分も、あの「夢」を見てみよう。
元々、自分は眠る時に夢を見るし、アンドロイド用に出来ているあの商品を試したことはなかった。
私も夢を見れるんだろうか?
そして、それは悪夢になるんだろうか?
バスタイムが終わると、パジャマ姿で濡れた髪をタオルで拭きながら、店内へと移動する。
夢たちは映像を流しながら、行儀よく陳列されている。
これがすべて悪夢の塊だったら…そう考えると背中がひんやりとした。
イコは白い砂浜にエメラルドグリーンの波が打ち寄せる夢の前で立ち止まった。
そして、夢の下にカードを差し込む。
夢はすぅっとカードの中に吸い込まれていく。
それを確認し、白いケースの中にしまう。
これを枕に下にいれて、眠る。
たったそれだけで、望む夢が見られるのだ。
イコは数回、ケースを宙に軽く投げてはキャッチしながら、店内をぐるりと見渡した。
私の小さな城はいつの間にか姿を変えてしまったらしい…。
髪を乾かした後、枕の下にケースをいれ、なんとなく枕をポンポン叩く。
布団に体を滑らせ、両手で顎まで掛け布団を引っ張る。
変な緊張感が芽生えてきたが、それも一瞬のこと。
昼間の疲れもあって、イコの意識はやがて薄れた。
目の前には美しい海が広がっている。
雲一つない青空で日差しが降り注いでいるが、眩しさも暑さも感じない。
砂浜のチェアーに寝そべっていたイコはサイドテーブルのぽってりとしたグラスに手を伸ばす。
空と同じ色をしたドリンクにハイビスカスの花とパイナップルが飾られている。
ストローで一口飲むが、液体の冷たさや味は感じない。
それについても、なんら疑問は湧いてこない。
ただ美しい景色と波の音を聞いているだけで、心地よく平和な気持ちでいられた。
空を見上げると、鳥が一羽横切っていった。
それは嘴や足まで真っ赤の、見たこともない鳥だった。
それを目で追い、何気なく後ろの方を見ると、男女が行き交う姿が見えた。
水着の人もいたり、Tシャツにショートパンツ、のような軽装の人もいる。
楽しげな人たちの中、異様な姿の者がいた。
黒のタキシード姿。
首から上は、ぬいぐるみのような、白い兎の頭。
身体に似合わず、頭部は大きめで、そのアンバランスさが不気味だった。
当然なんの表情も浮かべず、ただ直立不動でその場にいる。
やがて急に動き出し、行き交う人の肩に手を乗せる。
そのとたん、その人は先程見たような真っ赤な鳥の姿に変わる。
次から次へと、赤い鳥は増えていく。
逃げなくては。
イコはチェアーから降りると走り出す。
だが水の中を歩くように、思うように前へ進めない。
気持ちだけが焦る。
あれに捕まったら、私も鳥に変えられてしまう。
自分は走ってるのに、兎頭はゆっくり歩いてるのに、距離が縮まってくる。
大きな頭が左右にゆっくり揺れる。
怖い、怖い、怖い。
恐怖がせり上がってくる。
振り返ると真後ろに兎頭の顔があった。