39.次はあの身体
ヒルトはぷっ、と吹き出し、面白くてたまらないというように笑い出した。
「面白いね!凄く良い」
笑いが止まらない彼をペールは嫌なものを見るような目で眺めた。
「それで…我々はお前の店の商品である夢も解析した。エイトといったか?あのお喋りな常連に近づき、夢を奴から借りたんだ」
変わってペールが説明を続ける。
「そして我々は新しい『夢』を作った。実験体として、店から出たリーグの夢とすり替え、抜けられない悪夢に固定した。夢には動き回れる兎頭と感染を仕事とする赤い鳥を配置した。これは第1段階。第2段階では赤い鳥は悪夢を抱え、店の中にある夢の兄弟たちへと遊びに行けるようになった。第3段階ではアンドロイドの頭へ直接飛んでいく。今はまだ安定してないが、恐怖と不安が広まれば、簡単に感染するようになるだろう。我々は何も手を下さなくても、アンドロイドたちは勝手に自滅する…って、いつまで笑ってるんだ、お前は」
お腹を抱え、苦しそうになっているヒルトに、ペールは呆れながら突っ込む。
「だってさぁ…凄く…良いと思ったんだ…」
ヒルトは苦しげに息をつきながら、震える人差し指で、イコを指した。
「あの小さな体にはまだ膨大な魔力が眠ってる…。次はあの身体が欲しいなぁ…って思って」
その目はもう笑っていなかった。
冷たい輝きだけがある。
「自分の首から下が女の体ってのも…変な感じはするけどね」
呼吸ももう整っている。
「リモーネ!」
ショコラが叫んだ瞬間、目の前が深い霧に覆われる。
そして次には体が凄い力で後ろに引っ張られた。
反動でゴム毬のように地面に転がる。
「やるじゃない…狙いがわかった?」
目を開けると、うつ伏せになったショコラが荒い息を吐きながらリモーネを見上げていた。
「勿論です。だけど…良くそんな力が残ってましたね?」
「悪意よ…あいつらの悪意を魔力に変換してみたの」
「さすが悪夢専門家」
茶化したヴァニーユの声にも安堵の色がにじむ。
ヒルトもペールもいなく、さっきいた場所とは景色が全然違う。
ショコラの魔法で視界を塞ぎ、リモーネの魔法で一瞬にして距離をとったのだろう。
イコはそれを理解した。
「で、これからどうする?早いところ、母体であるこの体をどうにかしなくてはならない」
リモーネは皆の顔を見回した。
「そうだけど…こっちはアウェーで招かれざる客…厳しいわねぇ」
ショコラは悔しそうに唇を噛む。
「おじいちゃんは…アンドロイドたちに悪夢を見せたいんじゃない…。日々の楽しさや幸せや…そんな夢を見せたかったのに…」
イコは誰に、というわけでもなく、ポツリと呟いた。
「…それだ」
ヴァニーユが真っ先に反応した。
「え?」
「それだよ!」
イコの両肩をぎゅっとつかむ。
「向こうが赤い鳥なら、こっちは青い鳥作戦だ。向こうが兎頭なら、こっちはなんだろ、狼頭か?うん、そうだな」
「ヴァニ?」
「悪夢に引っ張られ、悪夢の土俵で戦う義理はないんだ」
ヴァニーユの目は希望で輝いてた。




