36.彼の物語
君の魔法…?
自分の手を見ながら、ペールに言うヒルトに違和感を感じる。
「それと…大賢者の孫、君の魔法の才能もなかなかだね。血筋かな。このおねーさんをすぐに探し出せたんださら」
そう言ってイコに笑いかけた。
「お前たち…なんなんだ?一体何が目的なんだ?」
ヴァニーユが不気味な生き物を見るように、顔をしかめた。
「混乱するのも仕方ないよね。…天才坊やにも聞かせてあげるよ。それともわかってるの?この状況」
〈…なんとなくね〉
ヒルトが妨害していた結界を解いたのか、ゼムの声が響いてくる。
〈オセロ計画は成功してた…ってことでいいのかな?〉
「大失敗ののち、やや成功って感じかな」
ヒルトの飄々とした感じ…ゼムに似てるんだ。
イコは静かにそう実感した。
「まず、きちんと自己紹介しよう。僕はヒルト。天才アンドロイドとして誕生した。ゼム坊やの先輩ってところだね」
ヒルトは芝居がかった動きで、優雅に頭を下げる。
「そして、こちらはペール。大賢者にも負けやしないくらい、素晴らしい大魔法使いだ。そうだろ?」
ペールはふん、とつまらなさそうに鼻を鳴らしただけだった。
「オセロ計画。ゼム坊やと…表情をみたら、大賢者の孫は知ってるみたいだね」
「…噂では聞いたことがある」
リモーネが低い声で呟き、
「なんだよ、それ」
ヴァニーユはそんな彼を見上げる。
「偉大なる大賢者を生きながらえさせるため、大賢者の体をアンドロイドにし、不老不死にする、という壮大な計画だ。凄いよね」
真っ直ぐヒルトに見つめられ、イコは思わず目を逸らした。
「偉大なる大賢者はその計画に反対した。自分は時の流れに逆らわず、そのまま死んでいくと。でも水面下で実験は行われた。犯罪者などを使って、人間とアンドロイドを同化させる人体実験を」
「…悪趣味だな」
ヴァニーユが苦しげにうめく。
「そう、こんな悪夢よりも現実の方がずっと悪趣味で、恐ろしい。そんな実験が繰り返された。モルモットやウサギみたいにね」
「だから兎頭なの…?」
「正解」
イコの問いにヒルトは頷く。
「そして、こちらにいる偉大なる大魔法使いペールはその強力な魔法でこのアンドロイドたちの世界を潰そうと考えていた、危険思想の持ち主だった。あ、大抵この実験に使われたのはこういうタイプの魔法使いだね」
ペールは相変わらず、不機嫌そうに黙っている。
「魔力の感じも似てたし、大賢者をアンドロイド化させるサンプルとしては最適だったけど、失敗。上手くいかなかった。失敗作の魔法使いやアンドロイドは廃棄されるのが普通だったんだけど…彼は特別だったからね。保存されることになった。もっと技術が進化したら、またこれを使ってやってみようって。その後、計画は凍結された。これが彼、ペールの物語。どう?壮絶でしょう?」
言葉とは裏腹にヒルトの口調は軽い。
「どう思う?イコ・ガーランド。君のお祖父さんの為に、沢山の魔法使いの命が消え、アンドロイドたちは山積みになったんだ。どんな気分?」
首を絞められてるかのように、イコの声は出ない。
「やめろ!イコは関係ないだろ。そもそも大賢者だって計画に反対したんだろ?それを勝手にやった奴らが悪いんだろうが!」
ヴァニーユが美しい容姿とは正反対な強い怒りの声を上げた。
<で?それがペールの物語なら、ヒルト、君の物語はどんななの?〉
ゼムは朗らかに話の続きを促す。
ヒルトの表情に一瞬、暗い影が射したが、それは布で拭うように、すぐに消えた。




