34.気分的、冗談
「せっかちだね」
ヒルトと呼ばれた青年は静かに返す。
「そりゃそうだろう。わしはもう疲れた」
「ご冗談を」
その言葉に男は苦々しい顔をした。
「気分的に、だ」
「わかってるよ。ボクとペールは逆だ。ボクは疲れないよ。疲れてるはずなのに」
「体、大事にしてくれ」
ペールという名らしい男にそう言われ、ヒルトはフフッと鼻で笑った。
「…さて、イコ・ガーランド。待たせたね」
そう言ってイコを見下ろす。
そして、右手の手の平を彼女に向けた。
「さよなら」
イコは何も出来なかった。
ただ彼の手の平を眺めることしかできない。
何秒か、たった。
「…あれ?」
ヒルトは自分の手の平を見つめ、何回か軽く振った。
「なんだよ、肝心な時に。オンボロだなぁ」
「わしのせいじゃない。お前が上手く魔力を扱えてないだけだ」
彼の言葉に気分を害したようにペールが語気を強めた。
「何も魔法を使うまでもない。そうだろう?」
ペールはそう言って、イコの前髪をつかんだ。
その腕は皮膚部分がところどころなくなっており、機械の骨組みが見えていた。
「アンドロイドと魔法使いがどうして…こんな…」
思わずイコが口にしたとたん、頰に熱い痛みが走った。
ペールが前髪から手を離し、素早く打ったのだ。
「ペール、イライラしないでよ。良い質問だったのに」
ヒルトは優しい口調で言う。
「アンドロイドと魔法使いがどうして。素晴らしいね。本質に近づいてる」
「ヒルト、ふざけるな」
「ボクは真面目だよ」
「お前はいつもそうだ。理解が難しい」
「ひどいな」
2人のやりとりが続いてる間になんとかしなくては。
皆んなと合流しなくては。
イコは片手で頬を抑え、もう片方の手をぶよぶよの床についた。
その時、不思議な感覚が駆け巡った。
この床の魔法の中に、おじいちゃんの魔力を感じる。
大部分はヒルトのものなのか、知らない魔力だ。
だけど、微量に感じる。
ここは、おじいちゃんの夢を元に作った世界だ…。
手の平から、その魔力が吸い寄せられるように自分に染み込んでくるのがわかる。
そして、その力をどう使うか、感覚でわかる…!
パァンッ!
風船が割れる時のような高い音がして、世界が変わった。
3人は鬱蒼とした森に立っていた。
「…このガキ!」
ペールは怒りに満ちた目でイコを睨みつけ、ヒルトはポーカーフェイスで眺めている。
次の瞬間、イコの腰に何かが巻きつき、あっという間に上空に運ばれた。
「リモーネ!」
「喋るな。舌を噛むぞ」
リモーネは太い腕をイコの腰に回し、木々を飛び移っていく。
しばらくして、地上にザッと降り立った。
「リモーネ…こんな能力もあるのね…」
ホッとするやら、目が回るやらで、イコは地面にへたり込んだ。
リモーネはすぐに状況を説明する。
「俺たちは離れ離れになって、ここに侵入したらしい。森の中を探していたところ、強い魔力反応があって追っていた。あの二人組はなんだ?」
「首謀者、みたい。アンドロイドと魔法使いの二人組で、わたしたちを始末するって言ってた」
「アンドロイドと魔法使いの二人組…?」
リモーネは眉間に皺を寄せたが、すぐにイコの手を引き立ち上がらせる。
「ヴァニーユとショコラさんを探すぞ」
「うん」
「イコ!無事か!?」
その時、ヴァニーユが木の影から飛び出してきた。
「ヴァニーユ!」
「ゼムとの通信がなかなか上手くいかなくて。今、少しだけつながったら、イコがいる座標がわかるって。はぁ〜良かった」
ヴァニーユは大きく息を吐き、リモーネが軽く咳払いをした。
「…俺もいるが」
「リモーネは一番危なげないから心配してなかった」
リモーネは何か言いたそうにしたが、結局何も言わなかった。




