32.降り注ぐ。
「どうして…」
喉から絞り出すようにして、イコはそれだけ言うことが出来た。
「ニュースのせいよ」
すかさずショコラが答える。
「アンドロイドが悪夢を見せられて倒れていく。それで不安になった連中が、そういえば夢を売ってる店があるって押しかけて、火を放ったんだって」
「そんな…周りの住人の人たちは…?」
「避難して無事なようだ」
リモーネが落ち着かせるように、ゆっくりと伝えた。
「それは…良かった…けど…」
思い出が、焼け落ちていく。
すべて失われていく。
崩れていく建物の中、光を放つ夢の木の姿が見えた。
「イコ」
ヴァニーユがイコの手を痛いくらい強く握った。
夢の木の光は徐々に薄れて、炎に飲み込まれていく。
それと呼応するかのように、イコの意識と視界も薄れていった。
「イコ!」
遠くでヴァニーユの声が聞こえる。
「…コ。イコ」
呼んでいる。
ヴァニーユ?
違う…ヴァニーユの声じゃない。
「イコ」
懐かしい、この声。
「…おじいちゃん」
仰向けに寝転がるイコを見下ろしていたのは、祖父だった。
体を起こすと、芝生の絨毯の上だった。
祖父は満足げに微笑むと、近くの岩に腰を下ろした。
「おじいちゃん、家が。夢の木が、」
「お前が無事なら、それでいい」
イコの言葉を優しく遮る。
「おじいちゃん、わたしたちはどうしたらいいの?滅びいく種族として、これから。アンドロイドたちとどうやっていけばいいの?」
「確かに我々は滅びいく種族。でも、終わりは今ではない。いつかは滅ぶとしても、日々は楽しく健やかに過ごしていかなくては。終わりのことだけ考えて暮らしていくなんて不健康だ。日々の小さな楽しさに目を向けて」
祖父は片手を伸ばした。
イコはその手を握る。
皺の多い、乾燥した大きな手。
「夢の木はほんのお遊びだった。だから魔法障壁も張らず…消えていくのみ。消えていくその時に、魔法の力は放たれる。本来なら持ち主のところに戻り、再び魔力の一部となる。だが…今、私はいない。血縁は唯一、お前だけだ」
そう言って、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「お前の中に流れる血をめがけて、魔力がやってくるぞ」
「おじいちゃん」
「ほぉら、目を開けて」
大量の白い光の矢が土砂降りのように降り注ぐ…!
「…っ!」
あわてて飛び起きると、ヴァニーユの腕が背中を支えていた。
ゼム、ショコラ、リモーネも心配そうな顔でこちらを見つめている。
…おじいちゃん。
久しぶりのあの暖かな笑顔。
湧き上がった感情が涙となって頬を零れ落ちた。
「大丈夫か?どっか痛いか?」
焦るヴァニーユに首を振り、指の先で涙を拭う。
「…ううん、大丈夫。わたしは、大丈夫。奴らを止めなきゃ。今回の事件をおじいちゃんの作った夢のせいにはしたくない」
「じゃあ…やるしかないな」
ヴァニーユがイコの背中をポン、と叩いた。
「で?どうする気ぃ?」
ショコラが伸びをしながら言う。
「リーグ氏の夢の中に行くしかないだろうね。あそこが本拠地だから」
「罠かも知れないぞ」
ゼムの言葉にリモーネが静かに口を開いた。
「この事件についてニュースを流し、夢の木も燃やされてしまった。追い込まれた我々が再び侵入してくると向こうもわかってるだろう」
「…確かにそうかも知れない。でもそうだとわかってても行かなきゃ」
リモーネとヴァニーユは視線を交わし合う。
「とりあえず行って、それから考えたらいいんじゃないのぉ?」
そんな2人の間に入って、ショコラが呆れ顔で見上げる。
「男たちのくだらない議論なんて時間の無駄よ」
甘い声でぴしゃりとそう言った。




