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悪夢フラストレーション  作者: 源小ばと
29/54

29.サイアク

「大丈夫よ、もういなくなったわ」


ショコラはしゃがみ込んでマーガレットの体に触れる。


「体に深い傷はないわね」


注意深く点検する彼女に、少女はガタガタ震えながらしがみついた。


「心の傷の方は深そうだ」


リモーネは静かに言う。


「人工知能に恐怖が深く学習された。これはかなり大きな一歩だ」


皮肉めいた口調にヴァニーユも頷く。


「イコの予想があっていたら、奴らの思惑は大成功だな。…ゼム。マーガレットを確保した。そろそろ引き上げる。そっちの様子はどうだ?」


ゼムに呼びかけるも、室内には沈黙が広がるだけ。


「そういえば、全然ゼムの声、しなかった…」


イコの胸に何か嫌な予感がじわっと広がる。

この夢の中に入ってから、まったく気配を感じさせないなんて。


「おい、ゼム?応答しろ」


「ちょっと、ちょっとぉ」


すぐさまショコラの目が釣り上がる。


「あの坊や、本当に信用できるの?あたしたちを嵌めようとしてるとかないの?」


ヴァニーユは無言で睨みつけると、再び呼びかける。


「ゼム。何かあったか?。ゼム!」


「…じゃない…これは…」


「なあに?」


ショコラに顔を埋めていたマーガレットは何かを呟いている。


「これは現実じゃない…これは夢…これは現実じゃない…これは夢…」


「えっ、夢を認識してるの?夢をわかってるの?」


彼女の両腕を掴んで引き離し、ショコラはその顔を覗き込む。


マーガレットの瞳は焦点があっていない。


「兎頭がそう言ってたの…これは現実じゃない…これは夢…助けはこない…何度でも繰り返して…終わりがなく私を…傷つけられるって…」


そこまで呟くと絶叫した。


「ギャアアアー!」


聞いてるだけで背筋が冷たくなる、恐怖と呪いが口から飛び出したような叫びだった。


〈ヴァニ!〉


「ゼム!」


ヴァニーユはあからさまにホッとした表情を浮かべる。


〈ごめん、こっちも手が離せない出来事があって…離脱して大丈夫〉


「了解」


剣をひらりと抜くと、ヴァニーユは叫び続ける少女の体に差し込んだ。


世界の輪郭がぼやけていき、イコはヴァニーユの腕にしがみつく。


大量の光の洪水が体を包み…目を開くと、ゼムの姿があった。


「マーガレット嬢は知能回路がショートしちゃったね…この夢の記憶を消去したらなんとか行けそうかなぁ」


少女のベッドサイドでため息をついた後、疲れた表情のメンバーに微笑みかける。


「お帰り、お疲れ様〜」


「ゼム、何があったんだ?」


ヴァニーユが被せるように質問する。


「良くないニュース。報道されちゃった。ガンガン問い合わせがきてるみたい」


「報道?」


イコが聞き返すとゼムは大げさにため息をつく。


「アンドロイドたちが強制的に悪夢を見る事件が発生。あまりの恐怖に人工知能回路がショートする被害がありました。原因も犯人も全くわかっていません。いつ誰が同じ目に合うかわかりません」


「誰がそんなこと?研究室の奴らなの?」


ショコラの声が尖る。


「いいや。僕らはパニックは避けたい。何が何でも隠して、こっそり解決したい。違うよ」


「じゃあ兎頭を扱う連中か?」


「多分ね」


リモーネの問いに頷く。


「このニュースはヴァニたちがまだ夢の中にいる最中に流れた。それも人工知能が恐怖でショート、なんてフレーズで。犯人しかそれはわからないだろう」


「これからどうなるの…?」


イコは硬い表情のヴァニーユの横顔を見上げた。


「最悪だ。…恐怖は伝染する」


「そこを付け込まれたら…まあ、最悪ってことだよね」


…サイアク。イコも心の中で呟いた。


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