27.初めての恐怖
「なによ、その顔。相変わらず甘ちゃんなガキね」
すぐさまショコラはヴァニーユに噛み付く。
「ショコラほど人生経験長くないんでね」
「…言うじゃない」
2人が睨み合うと、その間にリモーネが大きな体を滑り込ませた。
「ショコラさん、もうその位で。…夢のベースはあいつらの物でも、大部分は上乗せしたショコラさんの魔法だ。主導権はこちらにある」
「…そうね」
ショコラは頷くと立ち止まり、まっすぐ伸びた薄暗い廊下に手をかざす。
すると、廊下の壁に一定間隔で蝋燭が現れた。
先がほんのりとオレンジ色に照らされる。
「つまり、こういうことができるわけ」
目を丸くするイコに得意顔で微笑む。
「凄いですね」
そう言ったイコの肩に何かが落ちてきた。
「ん…?」
右肩を見ると、半分だけ白骨化した手首から先の部分が乗っかっていた。
「〜っ!!」
声にならない叫びが出て、その場で飛び跳ねる。
ヴァニーユが落ち着き払った態度で手首を掴むと、床に放り投げた。
イコの気持ちと連動するように空間がビリビリと歪む。
「ごめん、ごめん。悪夢は恐怖と怯えが大事なのよ。それがあれば、世界はどんどん安定する。あたしたち3人にはそれがないからさ」
「そ、そういうことですか…」
涙目になりながら、ニコニコするショコラを見つめる。
恐怖と怯え…。
今の自分の気持ちそのものだ。
元々こういうのは得意じゃないけれど…。
自分の両腕で体を抱きしめながら、イコは身震いした。
そして、ふと疑問に思った。
「アンドロイドと人間って…恐怖や怯えの感情…違うんじゃないですかね」
「どういうことぉ?」
「…なるほど」
首をかしげるショコラと頷くリモーネの声が重なる。
「生身の体と機械の体。事故や病気になったら、私たちは痛みを感じて、死ぬ可能性がある。それに対する不安や怯えがあります」
「まぁ、自分のボディを大事にする様に多少の痛みを感じる作りにはしてあるけど、一部破損しても取り替えたらいいからな。俺たちとは違うよな」
ヴァニーユも同意する。
「そりゃ人間が戦争に負けるわけよねぇ。充電さえうまくいけば、寝なくても食べなくてもいいしぃ。やっぱり魔法使いは人間に味方してあげるべきだったんじゃないかしらぁ」
「味方したところで、魔法使いも所詮人間だ。アンドロイドには勝てはしない」
頰を膨らませるショコラにリモーネは軽く首を振った。
「それで…」
イコは頭に浮かんだ思いを続ける。
「強制的に悪夢を見せられるって…アンドロイドにとって実は初めての恐怖、なんじゃないかって…思うんです」
3人はイコの顔を見つめたまま、言葉を失った。
彼らが何も発しないので、イコは続ける。
「いつもは都会的な暮らしで、何事もなく過ごしているのに。病気も老いも関係なくて。命が終わることについて考えた事もなくて。それなのに、例えばこういう廃墟で一人きりで、何者かに執拗に追われたり、攻撃されたりする。それって、凄く怖いですよね?」
「…何この子」
沈黙のあと、ポツリとショコラが言った。
「なんか凄いとこついてくるじゃない?さすが大賢者の孫ぉ」
「奴らの思考に近づけた感じがするな」
「それが狙いなのか…?」
3人が口々に話し出したその時、ヒュッと頭上で何かが飛んでいった。
赤い鳥だった。




