26.廃墟
「どれどれっと…」
ヴァニーユの沈黙をOKの合図ととったのか、ショコラも自分の手鏡を取り出し、少女にあてがった。
「不安定だけど…〈スィートピー〉に似た魔力を感じるなぁ」
「確かに。やはり〈スィートピー〉は攫われ、利用されてると考えた方がいいか」
リモーネも彼女の手鏡を覗き込み、自分の顎に手をやる。
「スィートピー?」
「盗まれた魔物の名前よ」
ゼムが聞き返すと、ショコラは大げさにため息をつく。
「もう絶滅寸前の悪夢を生み出せる魔物よ。交配の勉強もして、大事に育ててきたのに」
「スィートピーの力とおじいちゃんの夢を使って、悪夢を作成している…」
イコが呟くと、ショコラは頷く。
「そこのお兄さんの体を使って実験中ね」
ひらひらと指を動かし、リーグを指し示す。
そしてその指を次は手鏡へと向けた。
紫色の光が彼女の体を包み、指先から鏡へと流れ込んで行く。
それらはわずか一瞬の事で、すぐさま光は消え失せる。
「アンドロイドに悪夢を送るなんて初めてだけど…土台があればやれるものね。これ、なかなか良いビジネスかも」
「…ショコラ」
ヴァニーユは冷たい声と共に睨みつける。
「だってそうでしょ?人間はいなくなる。人間以外は夢を見ない。あたしたちの仕事や存在意義がなくなるじゃないの。アンドロイドが夢を見るようになったら、仕事が増えるし」
「いいんだよ、俺たちは滅びゆく種族だ。人間だろうが魔法使いだろうが、寿命は来る。アンドロイドとは違う」
挑戦的な言い方をするショコラにヴァニーユは静かに返した。
「…悟っちゃてつまんないガキ」
ショコラは吐き捨てると、手鏡で大きな円を描いた。
「行くわよ、リモーネ!」
「あぁ」
「俺たちも行くからな」
ヴァニーユはイコに視線を送り、イコも頷いた。
「どうせ、あたしたちだけじゃ信用できないんでしょ」
「まあな」
「あ、僕は残って様子を見てるよ」
ゼムが片手をあげる。
「あたしたちじゃなくて、あの坊やも怪しいところあると思うけど。さっきの博士の指摘も一理あるんじゃないかしらぁ?」
ヴァニーユが言い返す前に、ショコラとリモーネはひらりと夢へと侵入していった。
「いってらっしゃい〜」
ゼムはとくに気にする様子も見せずに、あげた手を振る。
「…行くぞ、イコ」
「行ってきます」
彼に挨拶をして、円で出来た空間に飛び込む。
光に包まれ、目を開けると…。
木造の建物の中だった。
床も壁も所々穴が空き、ボロボロと崩れている。
窓ガラスもヒビが入っていたり、粉々になっているものがある。
窓の外は真っ暗で何も見えない。
建物自体が死んでしまっている感じで、イコは不気味なものを感じた。
「良いでしょぉ、廃墟」
背後からショコラに話しかけられて、思わず飛び上がる。
「あたし、好きなのよ。こういうタイプの悪夢。迷路のような廃墟で、外に出られない。逃げても逃げても追ってくる何か。たまんないわよねぇ」
ショコラはうっとりとした表情で辺りを見回す。
「悪趣味」
「黙れ」
ヴァニーユがボソリと言うとすぐさま目を釣り上げた。
「とりあえず、マーガレットと赤い鳥と兎頭を確保したいところだな」
「何よ、マーガレットって」
「この夢を見てる少女アンドロイドの名だ。ベット脇に書いてあった」
リモーネはいつの間にかチェックしていたらしい。
「兎頭を見つけて尋問出来ないかしら」
「赤い鳥を八つ裂きにしたら敵の本体が出てくるかもな」
ショコラとリモーネの物騒な相談にヴァニーユとイコは微妙な表情をした。




