21.チューブ
「…塔に近づくぞ」
ヴァニーユがささやいた。
イコは上手く声が出せそうもないので、小さく2度ほど頷いた。
異様な雰囲気に飲まれそうになる。
2人は辺りを見回しつつ、足音を忍ばせて塔の下へと進む。
入り口らしいものは見当たらず、石がただ積み重なっているだけだ。
それらを注意深く観察していたヴァニーユは、やがてイコの肩を叩き、唇に人差し指を当てた。
そして、その指を足元の方へと向ける。
そこは石が一部崩れていて、隙間から光が漏れていた。
2人はゆっくりしゃがむと、隙間から内部を見ようと顔を近づけた。
塔の外側同様、塔内も規則的に光で照らされ、そしてまた消えて、を繰り返している。
明るくなる瞬間、中に数名の兎頭がいることがわかった。
じっと立っているもの、中を動き回っているもの…。
兎頭たちは何をしてるのだろうか…?
瞳をくるくる動かして、小さな隙間から塔内を見回すよう、努力する。
部屋の壁などから、沢山のチューブが伸びてるのがわかった。
それらは中央のカプセルにつながってるようだが、1人の兎頭がその前に立っているため、詳細がよく見えない。
しばらくすると兎頭はその場を離れ、壁の方に移動した。
瞬間、イコは息を飲んだ。
透明のカプセルに入ってるのは、目を閉じたリーグだった。
現実世界で横たわる本人同様、彼は目を閉じ、卵型のカプセルの中で立ち尽くしている。
それに繋がる、沢山のチューブ。
行き交う兎頭たち。
規則正しい光は、まるでリーグの鼓動のようだった…。
ヴァニーユはすくっと立ち上がると、イコの腕をつかみ、来た道を指差す。
今見たことのショックに、彼を見返すことしか出来ないイコの腕を引っ張り、森へと歩き出す。
「…ヴァニ」
「一旦、夢から離脱する」
ヴァニーユは早口でそう言って、足を早める。
「想像以上にやべぇ事になってるじゃねぇか」
そう吐き捨てるように言うと、空を見上げた。
「ゼム、ゼム、聞こえるか」
『…聞こえるよ。見てた』
すぐさま、返事が響いてきた。
「一度離脱して、少し考えたい」
『その方がいいかもね』
ゼムも、いつもの呑気で陽気な声ではなく、低いトーンだった。
「兎頭たちは…リーグさんに何をしてたの?」
イコは塔を振り返りながら言った。
「夢の中に閉じ込めてる。だから、ずっと目覚めることができかったんだ」
「じゃあ…じゃあ、戻って助けないと」
イコの気持ちとは裏腹に遠ざかっていく塔。
「沢山のチューブを見たろ?」
ヴァニーユは小さな子供に言い聞かせるように、穏やか口調になった。
「あれで奴らはアンドロイドの夢を解析してるんだろう。それで得た情報で、夢に悪夢を感染させてるのかもしれない」
「この夢を…リーグさんを母体にして…」
「そうだ。そこまで深く彼に繋がってるのなら、あのチューブが外れた瞬間、彼のデータが無くなってしまうかもしれない。アンドロイドにとっての死だ。迂闊に手を出せない」
イコは振り返るのをやめ、唇を強く噛み締めた。
「本来なら、夢を見ている本人を目覚めさせて離脱するんだけど…別パターンでやらないとな。ゼム、薄くなってるところ、あるか?」
『そっから100メートル位先かな』
「了解。夢が薄くなってるところへ移動する」
「薄くなる?そんなことがあるの?」
「夢にも輪郭があるからな」
当たり前のように言うヴァニーユ。
イコはそれ以上聞くのをやめ、あるがままを受け入れようと思った。
『あっ!何かが高速で近づいてきてる…あ…だ…』
雑音が入って、プツリとゼムの声が途切れた。
ヴァニーユは片手で剣を取り出し、片手をイコを庇うように広げる。
イコは周りを伺い、その時を待った。




