20.湿度
「ゼムはしばらく待機。場合によっては合流してもらうかもしれない」
「承知〜」
ゼムはバッグからいろんな道具を取り出しながら、返事をする。
「イコは一緒にきてもらう」
「は、はい」
仕事モードになったヴァニーユは凛とした眼差しになり、イコは思わず背筋を伸ばして返事をした。
そして彼はゼムの夢に入った時に使った手鏡を取り出し、リーグの頭に近づけた。
鏡が水面のように揺らめき、景色が映る。
「あれ…」
すぐさまイコは違和感に気づいた。
「リーグさんはいつも借りてる『世界の絶景』を見てるはずなのに…」
鏡に映る景色は、暗い鬱蒼とした森だった。
ヴァニーユは手鏡で宙に円を描く。
そこに広がる世界も陰鬱な森。
「行くぞ」
ヴァニーユは毅然とした態度で、そこへ飛び込んで行く。
「行ってらっしゃい〜」
ゼムの呑気な声で緊張が和らぎ、イコも慌てて飛び込むことが出来た。
大量の光に包まれ、足元にガサッとした感触が生まれる。
光が消えて、眩しさから解放されると、落ち葉を踏みしめてる音だったとわかった。
周りは木に囲まれて、見上げた鉛色の空も葉や枝に隠されよく見えない。
どんよりと暗い世界に不快な湿度が肌を包む。
『世界の絶景』とは程遠い。
「夢が書き換えられてる…?」
思わずイコはそう呟く。
ラベンダーのワンピース姿へと姿を変えたヴァニーユは、木の幹を叩きながら辺りを確認している。
「イコ、とりあえず進もう。この夢の中のどこかにリーグ氏がいるだろう」
「うん、そうだね」
この夢の世界でリーグさんは迷って彷徨い、助けを求めているかもしれない…
それは想像するだけで、ゾッとする程の孤独だ。
しばらく森の中を進むと、ヴァニーユは手頃な木を見つけて、器用に上り出した。
「ヴァニーユ、ちょっと!」
「上から地形を見る」
「スカートだから、裾を押さえないと!」
思わずイコがそう忠告すると、彼は「はぁ?」みたいな表情を浮かべただけで、そのままズンズンと上っていった。
見た目が美しい少女なだけに、なんか違和感…
イコは割り切れない気持ちになる。
「なんだ、あれ」
スカートの中を見ないように下を向いていたイコの頭上で、ヴァニーユの訝しげな声がする。
「イコ、木登りできるか?」
「田舎育ちだから、少しくらいは。ヴァニーユのところまでは行けないけど」
「じゃあ、出来るところまで来てくれ」
幸いにも枝は太くて、階段のようになっている。
パンツスタイルのこともあって、両手両足を使ってよじ登る。
「あの、右奥の方見えるか?光ってる」
森が続く中、ヴァニーユが言う方角の一部だけ、白い光が鼓動を打つように規則的に光っている。
「ほんとだ。もしかして、リーグさんはあそこにいるのかも知れない」
「行こう」
2人は木を降り、その方向に向かって歩き出した。時折木に登り、進んでる道を確認する。
光に近づくにつれ、森の中に塔が立っていて、それが発光してるのだとわかった。
「この夢はいつもリーグさんが借りてた。それなのに中の夢が書き換えられてる…どういうこと?」
ヴァニーユに、というより、自分自身に疑問を呟く。
「書き換えられたか、すり替えられたか、だな」
「すり替えられた…そっか、そういう可能性もあるのか…」
店内で、もしくは帰り道で、家で。
夢をすり替えるチャンスはいくつかある。
やがて、ようやく塔の付近へと到着した。
石造りの重厚な塔で、規則的に光っている。
2人は木々に隠れながら、様子を伺った。
「あっ」
イコから掠れた声が漏れた。
塔にある小さな窓から、数十羽の赤い鳥が飛び出して来たのだ。
鳥はどんどん上昇し、途中でフッと姿を消した。
今までの夢では一羽しか見かけなかったのに…
じっとりと汗をかいたのは湿度のせいだけではなさそうだ。




