2.夢の木
「え?ちょっと待ってください」
イコは少し戸惑いつつも、端末を操作し履歴を確認する。
「バーバラさんが買ったのは『ねこ・ねこ・にゃんだふる』ですね」
「そうよね?やっぱりそうよね」
「…凄いタイトルだなぁ」
バーバラが首をひねるとリーグがボソッとつぶやく。
「あら!可愛い猫ちゃんに沢山囲まれて、一緒に遊んでエサをあげて。最高なんだから。あたし、何回も買ってる夢なの」
リーグに力説するバーバラにイコがあわてて口を挟む。
「バーバラさん。夢の何か…おかしい所がありましたか?」
「そう、そうなの。あのね…ホラーになってたのよ」
「ホラー?」
イコと同時にリーグもエイトも聞き返す。
「最初はいつもと同じく猫ちゃんたちと遊んでたと思うの…だけど、うまく思い出せないけど、誰かに…何かにあたしは追われたの。必死に走って逃げるんだけど…。目が覚めたら、しばらく部屋の中でぶるぶる震えちゃうくらい怖かった」
バーバラは眉間にしわを寄せる。
「それは災難…不良品の夢だったのかな?」
「バグってホラーの夢と混ざったとか」
リーグとエイトが予想を立てるが、イコは硬い表情のまま固まった。
夢の不良品?
夢にバグが起きた?
今までそんな事は一度もなかった。
その時、電子音が鳴った。
誰かからの電話だ。
「はい」
イコが出ると、相手は早口で喋り出した。
『イコちゃん?昨日行った、トレーシーだけど!買った『ご馳走食べ放題の夢』、すっごい怖かった!あれ、ホラーコーナーに並べないとダメだよ!』
平謝りで電話を切り、心配そうにこちらを見てる3人を見返す。
「ちょっと…何かが変みたい。昨日来たトレーシーさんの夢も悪夢になってる」
自分の声ではないように、低く店内に響く。
「とりあえず、お店を閉めて原因を調べてみる。皆さんに今、お金を返金して…」
「いいよ、いいよ。お茶一杯くらいの安い値段なんだから。あたしは大丈夫」
言い終わらないうちにバーバラは手をひらひらと振る。
「俺もいいよ。これも悪夢になるか、一応見てみるよ」
「俺は怖いの苦手だからやめとく。だけど返金はいいよ、イコちゃんのお小遣いにして」
リーグは夢を受け取り、エイトはカウンターの上に置いていった。
イコは3人を見送った後、店のドアに閉店の札をかける。
そして、店内をぐるりと見回す。
今までと何一つ変わっていない。
棚にはそれぞれ、『夢』のディスプレイが展示されている。
ふんわりとした丸い球体の中に、夢のサンプル動画が流れているものだ。
店内を移動しながらざっと眺めても、おかしな映像が混ざっていたりはしていない。
「『夢の木』…」
イコは呟くと、店の奥のドアを開ける。
そこには階段が2つ。
1つは上へと上がるもので、イコの住居がある。
もう一つは地下へと続くものだ。
彼女は駆け足で地下へと降りる。
薄暗い空間に淡い光を放つ、大きな木。
幹は太く、枝が力強く伸びている。
緑の葉は生い茂り、そして、色とりどりの丸い光が果実のようにたわわに実っていた。
祖父が魔法で作った『夢の木』。
もしかしてこれが枯れているのでは、と思ったけれど、いつもと変わらず生命力に溢れ、地下に君臨していた。