16.一難去って
イコは両手を冷たい窓ガラスに押し当て、強く目を閉じる。
ここから出たい…!
逃げ出したい…!
そもそもヴァニたちは何やってんのよ…!
脱出への思いと、ヴァニーユたちへの怒りがこみ上げてきた。
じりじりと兎頭が近づいてくる気配がする。
ピシッ。
鋭い音に目を開けると、窓ガラスにヒビが入っている。
手のひらから蜘蛛の巣状にどんどん広がっていく。
驚いて目を丸くしながら、その様子を眺めていると。
ガシャーン!!
窓ガラスが一気に割れ、まるで宝石のようにキラキラと破片が降り注いでくる。
それは氷の粒みたいにすぐに消えて無くなった。
そして次の瞬間、窓枠からヴァニーユとゼムが飛び込んできた!
「イコ、無事か?」
「遅いよ!」
床に着地して振り返る二人にイコは怒鳴る。
安堵と怒りが入り混じった。
「奴ら、進化してるな。夢の中にもう一つ世界を作りやがった」
「それでちょっと時間がかかっちゃったんだよ」
ヴァニーユは彼女の怒りに動じず、ゼムは言い訳をするように上目づかいをする。
「でも、イコが合図をくれて助かったよ」
「私が?合図?」
「…話はあとでだ」
ヴァニーユは両手の平を合わせると、ゆっくりと離した。
銀色に輝く長剣が現れる。
そして、踊るように華麗に2匹の兎頭を切り捨てた。
次に剣をゼムのお腹に差し込む。
とたんに世界の輪郭が朧げになる。
「じゃあ、またね」
ゼムは微笑み、
「夢から離脱するぞ!俺の腕につかまれ」
ヴァニーユに指示されたイコはあわててその腕にしがみつく。
大量の光が溢れて、世界が真っ白になる。
イコはヴァニーユの腕の感触だけを頼りに、必死に流れに身を任せる…!
目を開けると、自分の部屋だった。
隣にはホッとしたような表情のヴァニーユと、横になっているゼム。
…帰ってきたんだ。
全身の力が抜けそうになる。
「ん〜」
伸びをしながら、ゼムが目を開けた。
「なかなか面白かったね?」
「…どこが」
思わず毒づくイコ。
「面白かったよぉ、奴らが固定した世界の内側にもう一つ世界を作れることがわかったし。イコにも魔法の力が宿ってることがわかった」
ゼムは上体を起こして、ね?というようにヴァニーユを見た。
「魔法の力?」
「あの時、奴らの気配を感じることは出来たんだけど、同じ場所をぐるぐる回ってたどり着けなかった」
ゼムの代わりにヴァニーユが説明する。
「見えない壁に阻まれている感じで。そうしたら、一筋の光が差し込んできた。それで、そこ目掛けて突入したんだ」
「一筋の光…」
手のひらから窓ガラスにヒビが入っていった、あの時のことかもしれない。
「イコは僕には及ばないとしても、なかなか良い助手になるかもよ」
ゼムがドヤ顔をしたその時、なんだか外から騒がしい声がした。
内容は聞こえないものの、男女が言い争ってるような感じだ。
「なんだろ…?」
3人で窓を除くと、美しいストレートのロングヘアをした女性が進もうとしてるのを男性が腕を引っ張って止めている。
「とりあえず、落ち着いて!冷静に話さないと!ね?」
「これが冷静でいられるっていうの!?」
男性には見覚えがあった。
「エイトさん!」
常連客の一人である彼に、窓から呼びかける。
そのとたん、隣にいた女性がこちらを見上げ、キッと睨みつけてきた。
「貴女がそうなのね!この疫病神!だから人間なんて嫌いなのよ!」
激しい憎悪がこもった言葉に面食らう。
「あたしはね!リーグの妻、ユリアよ!貴女のせいで寝たきりのリーグの妻!早く降りてきなさいよ!」




