13.プールサイド
廊下を進むと、突然部屋のドアたちが開いたり閉まったりし始めた。
「な、なに?」
「俺たちへの挨拶だろう」
驚いて体をすくませるイコに、ヴァニーユはあっさりと答えて先を歩く。
イコも遅れまいと足を速めた。
「こんな広い建物が出てくる夢じゃない方が良かったな。奴より先にゼムを見つける鬼ごっこだと思ってたけど…これじゃ隠れんぼだ」
扉が開いた瞬間に見える部屋の中に視線を走らせつつ、ヴァニーユが言う。
イコも真似してゼムの姿を探しながら、
「悪夢にやっくる侵入者はいつも兎頭の姿をしてるの?」
と尋ねた。
「いや、毎回いろんな姿をしている。今回は赤い鳥と兎頭って組み合わせは初めてだ」
「そう…。侵入者に捕まったらどうなるの?」
「人間の場合は心や精神を壊されたり、悪夢を見続けたまま眠り続けたり、最悪の場合はショック死したりする。アンドロイドにどう作用するかわからないけど…」
…ゾッとした。自分もあの時、ヴァニーユが来てくれなかったら危なかったんだ。
「ありがとう、あの時助けてくれて」
イコは心の底からお礼を口にした。
ヴァニーユはいつもの凛とした雰囲気を崩して、きょとんとした表情になったが、すぐに引っ込めて
「それが俺の仕事だよ」
と小さく笑った。
廊下の窓から外を眺めると、今いる場所はホテルでも高層の方だとわかった。
明るい空と風に揺れる街路樹も見える。
本当に現実そのままなのに、これが夢で作られたものだなんて…。
この夢の大きさはどれくらいあるんだろう?
外に出てどんどん進んでいったら、いつか行き止まりになるんだろうか?
子供の頃遊んだドールハウスが思い浮かんだ。
自分の手で動かしている人形の世界。
その全てがあの小さな家。
まるで私たちが人形になったみたいだ。
ホテルの下には楕円形のプールがあった。
ソーダ水みたいな水面が煌めいている。
赤と白のストライプのビーチパラソルに真っ白なチェアがいくつも並んでいて…。
「ヴァニーユ!」
イコは思わず大きな声を出した。
「あのプールサイドのチェアに人影が見える」
ヴァニーユは窓に近寄り下をのぞく。
ここからは見えにくいが、確かに座っているのは男性のようだった。
「ゼムかも知れない。行こう」
「うん!」
廊下の先にはエレベーターが3機あった。
それぞれ、下の階から徐々に上がってきてることを示すランプがついてる。
「これに乗ってるのって…」
嫌な予感も体の下から上がってくる。
「奴らかもな。…倒すのはゼムと合流してからの方がいいか。階段にする」
この階にエレベーターが到着する前に、ヴァニーユは陰にあった階段へと走り出した。
イコは振り返って降りてくる者を確認したい気持ちにかられた。
でも、兎頭の姿を見たら体が上手く動かなくなるだろう。
不気味なあの姿を頭から追い払い、ヴァニーユの背中を追うことだけに集中する。
「大丈夫か?」
2人の足音だけが響く中、ヴァニーユがちらりと振り返った。
膝に疲れが出てきたイコは声も出せず、ただ頷く。
それでも休みたいとか立ち止まりたいとは思わなかった。
そんなことをしたら、すぐに追いつかれる。
恐怖と一緒にそういった感情が背中を押し続けた。
階段を降りきると、重厚なフロントデスクがあるロビーにたどり着いた。
落ち着いた色合いの上品なインテリア。
右手には小さなラウンジもある。
だが、そんな広々としたロビーには人影1つもない。
自動ドアから外に出ると、刺すような日差しに目を細めた。
そして肌にもチリチリとした熱を感じる。
プールサイドの人影に駆け寄ると、
麦わら帽子に黄色い縁のサングラス。
紺色にパイナップル柄が散りばめられた水着。
上半身は裸で、白いパーカーを羽織った男性が、むくりとチェアから体を起こした。




