12.ゼムの夢
「却下」
簡潔にヴァニーユに拒否され、イコは目を見開いた。
「でも、あの夢を売った自分にも責任があるし…どうにかしたいって思うし…」
「足手まといだ。それに何も魔法は使えないんだろ?」
「…」
それを言われると黙るしかない。
「いいんじゃないの〜」
空気を変えたのはゼムの朗らかな声。
「まずはお試しってことでさ。とりあえず僕、あの夢の実、試してみたいんだよね」
「えぇ…」
ヴァニーユはあからさまに嫌な顔をする。
「ヴァニだって、本当はもっと夢の実について調べたいと思ってるんでしょ。僕が使ってみて、イコと2人で夢に入ってきたらいい」
「…それには世界の固定が必要だ。お前できるのか?」
「夢を夢だって確信できるかって?できる、できる。僕、天才だもん」
ゼムは余裕たっぷりだ。
「…天才なのは本当なんだ。そういう風に作られたアンドロイドらしい。ただ天才すぎて、人間になりたいと思ってしまった馬鹿なアンドロイドなんだ」
ヴァニーユは諦めまじりの口調でイコに説明した。
「固定された世界で侵入者を倒すと、夢から覚めることができる。だけど、こないだはヴァニとイコを会話させるため、僕が外で夢を引き延ばしてたんだ」
「確かにそんな会話をしてたけど…夢を引き延ばすなんて、できるの?」
「僕は天才だからねぇ」
「…そうじゃなくて」
ヴァニーユは乱暴にゼムの頭に拳を置いた。
「魔法道具をゼムに貸し出しただけだ」
「それを使えるってことは、天才だから」
ゼムは拳を振り払って椅子から降りた。
そして、ポケットからカードを取り出す。
「『豪華ホテルで過ごす休日』の夢。どんなところかな、楽しみ〜」
「いつの間に…」
ヴァニーユとイコの声がハモった。
「じゃ、おやすみ。夢の中で会おう」
ゼムは手近にあったクッションの下にカードをいれ、床に大の字に横になった。
そのままピクリとも動かなくなり、スリープモードに入ったのがわかる。
2人はとりあえず、その様子をじっと見つめる。
「…さっき夢の木を見させてもらったが、とくにおかしなところはなかった」
「木が病気になったわけじゃないってこと?」
「そういうことじゃなさそうだな」
ヴァニーユは何もないところから、銀色の手鏡を取り出した。
そしてゼムの頭付近に近づける。
鏡は揺らめくと景色を映し出した。
大きなベッドが2つ並んでいる、広い部屋だ。
映像は淡い色調で時折、水面のように揺れる。
「これは今、ゼムが見てる夢?」
「そうだ。アンドロイドの場合は世界が固定されても、俺にはよくわからないから、これで様子を見る」
しばらく鏡を覗き込んでいると、ホテルの廊下を赤い鳥が横切った。
「この赤い鳥!」
思わずイコの声が大きくなる。
「この赤い鳥が現れたあと、兎頭が現れたの」
次の瞬間、鏡に映る映像がクリアで鮮明になった。
「固定されたな。行くぞ」
ハッとしたヴァニーユが手鏡で円を描く。
すると宙に夢の映像が大きく映し出された。
ヴァニーユは躊躇いもなくその中に飛び込み、イコも
置いてかれるまいと、勢いよく後に続いた。
一瞬、大量の光に飲み込まれ、その次には、足の裏に柔らかい感触があった。
小さな自宅から、赤い絨毯が伸びるホテルの廊下にいた。
クリーム色の上品な壁に触れると、硬さも手のひらに伝わってくる。
ここが…夢の世界。
「さっさとゼムと合流するぞ」
隣にいるヴァニーユはラベンダー色のワンピースという正装姿になっている。
「…仕方ないんだよ。この服には代々伝わる護符が組み込まれてたりして」
言い訳のように口ごもる彼に、
「大丈夫。似合ってるから」
イコはキッパリと言い切った。




