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俺だけの彼女


「恋人にしてよ」


 思わず出てしまった本心に、唇を噛み締めた。


「わ……もう! そういうトコ匡平と似てる」

「え?」

「冗談を急に真顔で言ったりするトコ」

「はは……」


 胸の奥の方がねじれて小さな悲鳴を上げる。


「そういうこと、好きでもない女の子に不用意に言っちゃダメだからね! 涼平くん男前なんだから、男前なりの責任感を保たないと!」

「何……それ?」

「破壊力だよ。そんな顔で……ドキッとするじゃない」

「ドキッとしてくれた?」

「したわよ、悪かったわね。おばさんからかわないで!」

「自分で自分のことおばさんとか言わない方が良いよ」


 朱希さんにオバサンの要素なんか皆無だ。


「だってもう30だし……涼平くんより12も上だし……匡平だって5つ下だし……」


 年齢差のせいで、兄貴との結婚にも消極的だと言うのは漏れ聞いていた。ところが、兄貴とは自然消滅しますようにとの俺の祈り(という名の呪い)も虚しく、二人は結婚してしまった。


「朱希さん童顔だし、俺と並んだって同年代に見えると思うけど?」

「それは言いすぎでしょ。恥ずかしいから勘弁して」


 照れたように涼平を肘で小突く。


 抱きしめたい。小さな体を抱きしめて、このまま連れ去りたい。俺だけの朱希さんにしたい。その唇にキスをして、裸で抱き合いたい。


 いつも素っ頓狂な家族だけど、今日は五体投地したいくらい感謝してる。朱希さんと二人でお出かけなんて、誕生日プレゼント以上のスペシャルだ。……初めはそれだけで幸せだったのに、欲ばかり深くなる。


 俺は朱希さんが欲しい。


「最近の若者はこういうのを着るのか……」

「その言い方……おばさん」


 年の差を強調するような物言いはやめて欲しい。彼女の恋愛対象に何とか俺も入れて欲しい。


「じゃお姉ちゃんて呼んでくれる?」

「いやだよ……朱希さん」

「ちぇっ」


 去年出来たばかりの大型ショッピングモールで、早々にジーンズを購入した後、イチャイチャしながらあっちの店こっちの店とウインドウショッピングを楽しんだ。

 昼食には地下の飲食街でハンバーガーを頬張りながら、他愛もない話題で盛り上がった。


「決まった?」

「決まった」

「さっきの店のジャケット?」

「ううん。映画観よう」

「え?」

「上の階に映画館あるだろ? そこで今観たい映画やってる。さっき確認したら、あと15分ほどで次の上映始まるみたい」

「え? じゃ、その後にプレゼント買う?」

「いいよ、映画だけで」

「なんで?」

「デート……したことないから予行演習」

「は?」

「今日はデートのつもりで」


 我ながらムリな理屈だとは思った。でも俺は最初から、今日は朱希さんとデートしてるつもりだった。


「やった! 弟とデート!」


 おどけたようにはしゃぐこの朱希さんは俺のものだ。今は俺だけのもの。

 爆発しそうな心臓を抑えて朱希さんの手を取った。


「……怒られない?」

「兄貴に?」

「じゃなくて……涼平ファンクラブのヒトに」

「ないよ、そんなの」

「むむむ……」


 女性をドキドキさせるようなことを、サラリとやってのける。やっぱり涼平くんは匡平の弟なんだなあ、と素直に感心する朱希だった。


 涼平が観たいと言ったのは話題のアクション映画だった。アクションの鮮やかさとは裏腹に主人公の不器用な恋愛模様が愛らしく、一途さに思わず朱希もホロリとさせられた。


「泣いてたよね」

「は?」

「涼平くん泣いてた」


 映画館から出てくると、朱希が涼平の顔を覗き込んだ。


「……朱希さんの方が……朱希の方が号泣だったじゃん」

「あ、呼び捨て」

「デート中だから」

「おお……じゃあ……涼くん? 涼平? 涼ちゃん? てか恥ずかしいよ。涼平くんで!」

「なんだよ、つまんない……」

「つまんなくない。楽しい」


 だから、可愛いこと言うのヤメテ。キュン死、ってホントにあるのかも。


「そういう可愛いこと……兄貴と一緒の時も言うの?」


 あ、バカなこと聞いた。


「可愛い? 楽しいのが可愛いの?」


 ダメだ無自覚か……。


「あ、年甲斐もなくはしゃいでるのを遠回しにバカにしたな!」

「してないよ。年甲斐もなくっていくつだよ……」

「29歳です。もうすぐ30歳」

「知ってます」

「知ってたかー」


 キスしたい。この唇の形をなぞりたい。


「さて、お茶でもして帰る?」

「……うん」


 涼平が手を繋ぐと、後ろで「ウソ!」と小さな悲鳴が聞こえた。


「なんか……後ろの女の子たちが……こっち見てるけど……」


 チラチラと朱希が振り向くと、3人団子になった女の子たちがこちらを睨みつけてくる。


「年上だよね?」

「絶対そうだよ」

「ヤバくない?」

「お姉ちゃんじゃない?」

「だって、手とかつなぐ?」


 漏れ聞こえてくる声に朱希が身を堅くしていると、気にする風もなく涼平が彼女の肩を抱き寄せ、歩き始めた。


「ヤダ!」

「ウソ……」


 彼女たちの悲鳴が人混みの中、かき消されて行く。


「やっぱしいたじゃん、涼平ファンクラブのヒト」

「知らないよ。人違いじゃない?」


 喫茶店に入り、コーヒーを注文すると涼平は不機嫌そうに目をそらした。


「好きな人いるんでしょ?」

「え?」

「だから、今日は予行演習してるわけで……。同じ学校の子だとしたら、噂を聞いて勘違いされちゃうかも……涼平くん年増に騙されてる、とか」

「いないから……学校に好きなコとか……」

「そうなの?」

「俺の好きなのは……朱希……だから」

「……りょう……」


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