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初デート


 披露宴で泣いてしまうなんて、不覚だった。


 徳井涼平は自身のやらかした失態を、ひと月たった今でも苦々しく思っていた。


 式での誓いのキスはなんとか堪えることが出来たのに……。

 披露宴で、兄貴のバカな友人川田の起こした「キスしろコール」。あれのお陰で、調子に乗った兄貴がしたキス……。それでも耐えた、吐きそうだったけど耐えた。朱希さんのお父さんが号泣するのを見るまでは……。

人様の前で、可愛い娘がチャラい花婿にディープキスされる父の気持ちがわからないのか、あの馬鹿兄貴!


初恋の人を肉親に攫われるなんて、俺は前世でよっぽど悪いことでもしたのだろうか?



「涼平! 朱希ちゃん来たわよ!」


階下からの母親の声に、涼平はハッとした。


兄貴の嫁になってしまった初恋の人が今日、皮肉なことに俺の誕生日を祝いに来てくれる。


階段を降りてリビングに入ると、振り向いた彼女がほころぶように笑った。


 徳井朱希、兄貴の嫁。


「こんにちは」

「……いらっしゃい」

「あら? 珍しい、ちゃんと着替えてるじゃない」


母ちゃんうるさい。


「兄貴は?」

「あ、匡平は仕事で遅れてくるの。ゴメンネ」

「いや……てか、いいのに17にもなって誕生日とか……」

「ま、折角朱希ちゃん来てくれたのに愛想のない。ごめんなさいね、朱希ちゃん」

「いえ、私が来たがったんです。一人っ子だから兄弟が出来たのが嬉しくて……ゴメンネ、涼平くん」

「そ……いや……にしても……早くね? 時間……」


 そんなに可愛く謝らないでよ。朱希さん何も悪くないのに……。


「あんた、ジーンズ欲しがってたでしょ? お金出すから、朱希ちゃんと一緒に買ってきなさいよ」

「え?」

「誕生日プレゼント、何が良いかわからなくて……お義母さんに相談したの。そしたらお義母さんもまだ用意してないって……それで、ジーンズを買いに行くついでに私も涼平くんの欲しいもの、一緒に買いに行けたらなって……」

「朱希……さんと?」

「うん。いや?」

「……上着取ってくる」


 階段を踏み外しそうになりながら、涼平は慌てて部屋に戻った。


2階に上がった涼平を見て、母のいつ子は「ごめんなさいね。あの子お爺ちゃん似で、ホントに愛想がなくて」と言った。


「そんな……一緒に行ってくれるみたいで、良かったです」

「あ、ジーンズ代、渡しとくわね」



*-*-*-*-*-


 あれはまだ涼平が中学3年の秋だった。

 

 土曜日、塾から帰ると賑やかな声が聞こえてきて、リビングに兄の匡平きょうへいの友人たちが集まって鍋を囲んでいた。


「おう、涼平おかえり!」

「いらっしゃい」

「お邪魔してまーす」

「きゃー、匡平くんより男前じゃん弟くん」

「うるせーよ」


 ガヤガヤとやかましい友人たちの中に、静かにペコリとだけ頭を下げた女性がいた。

 他のメンバーとあまり面識は無いらしく、チョロチョロと動き回っては皆の世話を焼いていた。


「朱希ちゃーん。立ったついでに鍋にお湯足してー」

「川田、初対面で馴れ馴れしいんだよ」

「ははは、お湯ね。了解です」


「涼平、かばん下ろしてアンタも食べなさいよ」


 突っ立って、リビングを凝視していた涼平にキッチンから母のいつ子が声をかける。


「え? ああ……親父は?」


賑やかなのが好きな父、周平しゅうへいは匡平の友人とも仲が良く、こういう席には必ず同席している。


「酒が足りん! て買いに行った」

「あ、そ」


 お湯を取りに来た彼女が涼平に再度ペコリと頭を下げ「お帰りなさい」と言った。


「只今……帰りました」


兄貴のやかましい友人の中にはいなかったタイプだ。ジーンズに白いシャツというカジュアルな恰好なのに、まくり上げた袖から見える腕が色っぽくてドキッとした。


「お母さんスミマセン、お湯貰えますか?」

「はいはい」


 やかんにお湯を入れて、いつ子が彼女に渡す。


「ええと……福田さんだっけ?」

「はい」

「あなたも食べなさいよ。あの子達遠慮がないから」

「はは、ありがとうございます。お母さんこそ食べてくださいよ」

「ありがとう、これ切ったら行くわ」


 なんて笑顔をする人なんだろう。


 突然きゅうっとなった胸を抑えて、涼平は恋を知った。


「弟くんも一緒に食べよう」


 すれ違いざま彼女に言われて、涼平は咄嗟に声が出なかった。


「そうだ、名前は?」

「……りょうへいです」

「いくつ?」

「15歳」

「え?」

「中学……3年です」

「大人っぽいね。びっくり」


*-*-*-*-*-*-


 その時はまさか12歳も年上だとわからなかったし、匡平の彼女だとは知らなかった。

 勿論知っていたとしても……やっぱり好きになっていただろうけど。


 自宅の最寄り駅から二人電車に乗った。


「ごめんね、急に」

「え?」

「お義母さんから聞いてなかったみたいだから……」

「や……だいたいいつもこんな感じだから」

「え?」

「あの人たち、母も父も兄貴も……言ってなかったっけ? みたいな感じで……」

「そうなんだ……ふふ」


中学の頃より更に身長が伸びて、こうやって並ぶと朱希さんのつむじが良く見える。

つむじまで可愛いなんて反則だ。


「私ね、一人っ子だから憧れてたのよね」

「え?」

「兄弟がいたら、一緒に買物とかしたりするのかなあ、って」

「どうだろ? 友達とかの話聞いてても、結構仲が悪かったりするし……」

「そうなの?」

「うん」

「私の友達にね、弟と凄く仲の良い子がいてまるで恋人同士なの」


 どきんと胸が鳴る。


「羨ましくて。だから、まあ……義理なんだけど……弟ができて舞い上がってます」

「……こんな可愛げのないデカイ弟でも?」

「私の可愛い義弟を可愛げがない、とか言わないで貰えます?」

「はは…………じゃ、恋人にしてよ」

「え?」


冗談めかして言ったつもりなのに声が震えた。


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