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ソリストシリーズ

コインランドリー・ロジック

作者: ナツグ
掲載日:2017/09/15

「ええか、コインランドリーにゴリラがいたとするで」

「いや、有り得ないだろ」

「有り得んとしてもこれは仮定やから」

「その仮定がおかしかったら話が進まないだろ」

「進まへんことないやろ、ちゅうか、有り得へん話を進めることが芸人が芸人足るのに必要なことなんやって」

「そんなこと言っても俺らお笑い芸人じゃないし」


 俺は今、オナガの時間潰しに付き合わされている。もう俺が乾燥機にかけた洗濯物はとうに乾いており、すっかり畳んで袋に詰めたのだからとっとと帰ってもいいのだが。コインランドリーでオナガに会うことは珍しいことではない。どちらも無精者で、今みたいな梅雨時でなくとも洗濯してから干すまでのプロセスが面倒になるとコインランドリーに赴く、貧乏新入社員にしては贅沢なことである。オナガはと言うとフリーターをしながらギターの教室をしているそうだ。


 コインランドリーにはベンチに座る俺たち以外に誰もいない。時刻は深夜1時。ゴウンゴウンと、オナガの洗濯物がぎちぎちに詰められた洗濯機が回っている。明らかに入れ過ぎだ。オナガは別に関西出身ではないが、関西の大学に通っているうちに関西弁に染まってしまったそうだ。


「なんで、ゴリラがコインランドリーに来たんやろ?」

「わかんねえよ」

「そこは想像力を働かせなあかんって」

「うーん、そうだな。近くの動物園から逃げ出した、とか?」

「なんで動物園から逃げ出せんねん」

「え、知るかよ」

「そっけないなぁ」

「うーん、そうだな。飼育員が逃がした、とかはどうだ?」

「なんのために?」


 なんのため? この会話が何のために為されているのか、そこからよく分からない。


「そんなの、パニックでも起こしたかったんじゃないのか?」

「なんでパニック起こす必要があんねや」

「はぁ? あれだろ、日常に刺激が足りなかったとか?」

「刺激が足りひんかったら足つぼマッサージでもしたらええやないか」

「物理的な刺激じゃねーよ」

「ええか、物事には必然性があんねん。どんな事象にも理由があるってドラマで言ってたで、知らんけど」

「必然性か。うーん、じゃあなんかすごい自然災害が起きて、動物園を放棄して逃げなくちゃ行けなくなった。それで、取り残される動物を可哀そうに思った優しい飼育員が、動物たちを解放した」

「お、ノって来たやんけ。でもそれやったらゴリラがコインランドリーに来る必要性なんてあらへんやんか」

「いや、確かにそうだけど」


 カバでもライオンでもない、ゴリラがコインランドリーにやって来る理由が必然性。


「洗濯物が溜まってたとか」

「あほ、ゴリラは服着いひんやろ」

「服着てたらゴリラでもいいのかよ」

「コインランドリーに行くっちゅうたら目的は服の洗濯か乾燥やろ。それやったら雀でもイナゴでもカゲロウでもめだか師匠でも大歓迎や」

「最後のは人間だろ、コインランドリーねぇ」


 動物園から解放されたゴリラがコインランドリーに入るのに必然性もくそもないと思った。野生の赴くまま向かった先がたまたまコインランドリーだっただけなんじゃないか。


「まぁこんなこと有り得へんのやけどな」

「お前が言い出したんだろが!」


 結局オナガは話を投げてしまった。


「まあ何の話がしたかったかったかと言うと、そう言う有り得へん話がしたかってん」

「有り得へん話?」


 つられて関西弁になる。


「俺に妹がおるのは知ってるやろ?」

「ああ、いるね」


 オナガの妹は確か今、高校生だったか。


「その妹に彼氏が出来よったかもしれへんねん」

「あ? 別に有り得ない話じゃないだろ」

「いや、有り得へんやろ。近づいてくる男はみんな俺が直々に追っ払っとるのに」


 オナガは中々のシスコンだ。妹のことを溺愛している。実際に会ったことが何度かあるが、確かに可愛くて気立ての良い子だな、とは思った。


「年頃の女の子に彼氏の一人や二人いてもおかしかないだろ」

「二人おったらあかんやろ!」

「つまり一人いてもおかしくないってことじゃん?」

「せやけどなー……」


 押し黙るオナガ。


「それは、妹に彼氏がいるって直接言われたのか?」

「いや、そういうわけやないねんけどな、最近同級生の男の話をようしよんねん」

「へぇ、どんな奴だって?」

「真面目な子らしいで。寡黙でのんびりしてるらしい。それでギター弾くらしいねんな」

「なんだ、お前と話し合いそうじゃん。それにチャラいやつじゃないならいいじゃないか」

「よお無いわ。そんなのろまにギターなんか弾けへんやろ」

「そうなのか」


 俺は楽器なんてやったことないから、それが事実かどうかは判断しかねる。


「それにそんな奴と話してもつまらんやろ」

「別にお前が話すわけじゃないんだから構いやしないだろ」

「それにな、その彼氏とやらは父親がおらへんらしいねん。しかも姉がおんねやって」

「それの何が問題なんだよ」

「そんなところに嫁いだら絶対大変やで。姑と小姑が結託していじめてきよるわ」

「お前、そんな先のことまで考えてんのかよ」


 存外オナガもピュアな男である。


「もしもの話やって、そんなんコインランドリーにゴリラが来るくらい有り得へんけどな」

「コインランドリーにゴリラみたいなマッチョが来るくらいには有り得る話だけどな」

「ほんで、その男紹介しろ言うたら妹に怒られた」

「そりゃ実の兄に恋路の口出しされたら怒るだろ」

「そんなことないやろ! ……いや、そんなことあるわ。とにかく、そう言うたら、俺も会ったことがある人やって言うんや」

「既に会ったことがある、と」

「どころか俺が妹に紹介したようなもんやって」

「それってさ、お前のギター教室の生徒なんじゃねぇの?」


 妹にギターを弾く彼氏ができた。ギター教室をしている兄に紹介されたようなものだと妹が言っている。ならそれはその兄の生徒だろう。ゴリラよりよっぽど仮定から結論を導きやすいことだ。


「妹に手出すような男なんか生徒にせぇへんわ!」

「いや分かんねぇだろ。ほらお前がちょっと前に、スジの良い子が入ったって言ってたろ。そいつなんじゃないか?」

 オナガ曰く、自分の教室に通う必要を感じないくらいかなりうまい高校生が入ってきたと言っていた。

「ああ、あの子はちゃうよ。俺よりもギターうまいかもしれへんねんで」

「ギターの巧拙と恋愛事情は関係ないだろ」


 そこに相関性はない。妹に彼氏がいる、疑いのある男はかなりギターがうまい、だからそいつは彼氏ではない。これは論理が飛躍している。


「いや、有り得へんよ。ほんま度肝抜く演奏やで。あんまお喋りはせえへんのやけどな、真面目で真摯にギターに取り組みよんねん。なんで俺のところに来よるのか訊いたんや。そしたらその子の姉が受験生で音大のピアノ科狙ってるらしくて、普段は家で練習してたんやけどピアノの邪魔しないために、それともっと上手くなって姉に演奏聴いてもらうために、近くにギター教室がないか探してうちに来てるんやって。ええ子やろ。こんなええ子が妹を選ぶとは思えへんねや」

「お前、妹好きなのか貶してんのかはっきりしろよ」


 しかし話を聴く限りその妹が話していた男と条件が一致しているような気がするが、どうなのだろう。


「まぁ、そんなええ男が彼氏なら全然構へんのやけどな」

「じゃあいいんじゃねぇか」

「いや、だからその子が彼氏のわけあらへんやろ」

「そうか?」

「コインランドリーにゴリラが来るくらい有り得へんわ」

「動物園にゴリラが居るくらい有り得る話だと思うけどな」


 ゴウンゴウンと鳴っていた洗濯機が止まる。オナガは立ち上がり洗濯物を豪快に籠に取り出して、乾燥機に移し替え始めた。


「まぁ最近はその子も教室来てへんねやけどな。なんかウイルスにかかったとかで」

「ふぅん、こんな湿気た時期にねぇ」


 ウイルスと聞くとインフルエンザを思い浮かべてしまうから、湿度の高い時期には感染しないものだと思ってしまう。オナガは乾燥機にコインを入れた。


「それが結構大変なんやって。妹がその子と同じクラスなんやけど、なんでも最近話題になっとる、なんやったっけ、なんちゃらトシキみたいな」

「カルロス・トシキ? 話題になるどころか大分懐かしいぞ」

「それやそれ、カルロスにかかったんや」

「カルロスにかかる? もしかしてカノルスのことか?」


 カノルスは最近話題になってるウイルスだ。なんでもまだワクチンができていないとか。結構強烈なウイルスみたいで、水際対策をしてるとか三日ぶりに見たニュースで言ってたな。


「それやそれ。もしかしたらそれにかかったかもしれへんのやって」

「本当に大変じゃねぇか」


 もしそれが本当だったら、国内初の感染者ということになるのだろうか。


「だから大変やって言うたやんけ」


 乾燥機がピーと言って己の仕事を始めたことを告げる。


「お前の大変が本当に大変なのはゴリラがコインランドリーで色移り防ぐためにネットに小分けして洗濯するくらい有り得ねぇし」

「うっさいわ。それで修学旅行が終わったとこやったのに病院に連れてかれたらしいわ」

「そうか、そいつは災難だな」


 正直、同情はするがそれで終わる話だ。新型のインフルエンザが流行るのとそう変わらないだろう。死者が出るかもしれない、学級閉鎖が色々な学校で起こるかもしれない、でもそれで会社が休みになったりはしないだろう。


「その子が早く退院できることを祈るよ」


 俺はそう言ってオナガの肩を叩いた。これはさよならの合図である。


「おう、お前もようやれよ」


 オナガも俺の肩を叩き返す。




 すっかり深まった夜、こんな時間にコインランドリーでゴリラと遭遇したら平謝りか土下座以外には死んだふりをするくらいしかできないだろう。有り得ない話だが。


 一応有り得ない話なりに、考えてみることにした。ゴリラがコインランドリーに来るとしたらゴリラが服を着るようになった時に、だろう。何かの弾みで人類が滅亡して、それから他の生物たちが地球上の覇権争いをする。知能の高い生物が有利だから、地上では霊長類が予選を通過してくるに違いない。その中で一番腕力のあるゴリラが、年月をかけて服を着ることを覚えるくらいに知性を磨き、鬼に金棒で他の生物たちを駆逐する。そんでもって人間が使っていたものをそのまま乗っ取り運用するようになる。ここでようやく無精なゴリラがコインランドリーを利用するようになるわけだ。これも有り得へんと一蹴されるに違いないけど。

お読みいただきありがとうございました。こちらは既に投稿している『ソリストといたい( http://ncode.syosetu.com/n1588eg/)』に関係する話です。あらすじにも書きました通り、長編として纏めるために予告なく削除するかもしれません、ご了承ください。

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