その3 収束せし漆黒の我が名は
「まず自己紹介からしましょうか」
仲間入りを承諾すると剣とスマホをしまってくれた。首の皮一枚つながったか…。
「改めて、私はライカ。職業は勇者よ。よろしく」
「なあ、職業って何だ?」
「質問は後で受け付けるわ」
「そうですか」
正直名前とかよりもそっちのほうが気になるが後にするか。
「それで、この娘が」
と、ライカが目をやると、眼帯少女は満面の笑みでマントを翻した。
「滾る紅き血道、轟く蒼き衝動、迸る金色の閃光。集束せし漆黒の我が名は」
「マイ、職業は魔法使いよ」
「アァァネェゴォォォォォオ!!?」
よほど口上を楽しみにしていたのだろう。もののけ姫のカタカタ首を振るやつみたいな顔になっている。シンプルに恐い。
「よくもぉぉお!」
「ワンダフル☆正拳突き!」
「がはっ」
またもや殴り飛ばされるマイ。何だワンダフル正拳突きて。技名だとしたらダサすぎるだろ。ていうか技じゃないわあれ。ただの理不尽な暴力だわ。
「んで、何だっけ?」
「そうだ、その職業って何だ?」
「だいたい察しなさいよ。あんた元の世界ではゲームばっかやってたヒキニートだったんでしょ?」
「ししし失礼な!ヒキニートじゃねえし!バッキバキのパーリーピーポーだったし!だいたい何でお前がそんなことわかるんだよ!」
「こんなチンケな異世界転生ものの主人公なんてどうせそんなありきたりな設定でしょうよ!」
「チンケとか言うな!そこそこ頑張ってかいとるわ!人気なくてブルーになるくらいには頑張っとるわ!」
「もういいでしょめんどくさい。次よ次!」
こいつ自分から言い始めたくせに…。駄目だらちが明かない。もういいや、他の質問にしよう。
「何で俺を仲間にしようとしたんだ?」
「もちろん理由があるわ。そうでなきゃ、あなたみたいなモブ顔を誘わないし」
こいつはいちいち悪口を挟まないと前に進めないのか?
「この世界ではあなたみたいなのを転生者って言うの。転生者はね、必ず異能を持ってるのよ」
「マジか。てことは俺にも…!」
「どんな能力かまではわからないけどね」
ということはだ、もしかしてチート能力の可能性もあるわけだ!やったぞ!ついに理想的な異世界生活が俺を待って
「まあ大抵はクソショボい能力なんだけどね」
「俺の期待に水をさすな」
「言ったでしょ?転生者は珍しくないのよ。じゃあ何で私たちはたった二人で旅をしてるの?」
「…まさか」
「魔物に太刀打ちできる能力のほうが少ないのよ」
完全に失念していた。ここは法律が守ってくれる現代日本ではない。死と隣り合わせの世界。魔物のはびこる異世界なのだ。
さっきまでとは違う緊張感漂う彼女の言葉が裏付けとなっている。
「二人旅の原因はアネゴがムカつくやつを片っ端からぶっ飛ばしたからでしょう」
オッホオイー
「ちっ、いい感じに読者からの好感を得る作戦が台無しだわ」
「読者とか言うな」
「ま、マイの言う通りよ。生きていたければ…私を怒らせないことね」
鞘から刀身をちらつかせるライカ。
ぶっ飛ばしたって首をなんだろうか。こりゃ生きた心地がしませんわ。
「冗談じゃない!こんな奴らと一緒にいられるか!」
小学生の時教わった回れ右が躍動する。迅速、かつスムーズに逃亡の姿勢に。あとは足を前に出すのみ!
「セット!」
「…!」
マイの掛け声とともに即座にクラウチング・スタートの構えをとる。
「……」
「「…」」
「スタートって言えよ!」
「ノリがいいんですね」
くそっ騙された!逃げるタイミングを失った!あ、駄目だ、ライカが俺の前に出てきた。後ろにはマイがいるしもう逃げ道は完全にふさがれた!
「下がりなさい」
俺の前に立ちふさがる彼女の目は、土下座の体制に入った俺をとらえてはいなかった。
「前のあれを見なさい。あれが何人もの人を葬った魔物よ」
そうい言われて顔を上げる。
「少し細身だがすりすりしたくなる艶やかで血色のいい二本柱が見える。ふむ、たしかに魔物と言えなくもない」
「何を見てんのよ!」
思いっきり踏まれた。
「そうじゃなくてあれです、あれ」
マイの指さす方向には確かに何かの動物のような影が見えた。あれは耳だろうか?三角錐のような体に細長いしっぽのようなものがついている。何よりの特徴は魔物の体ほどもある頭についた二つの円形の耳らしきもの。正面から見ると丸が三つかさなったようなシルエットをしている。ん?何だろうかこの既視感は?
「ハハッ」
「あかんやつや!」
いやいやいやあれダメだって!絶対ダメだって!そりゃ何人だって葬れるよ!?ある意味俺たちにとってのこの上ない天敵だよ!?
「やめとけ!あいつにだけは手をだすな!」
「急に何言ってるんですか!対処さえ間違えなければ大丈夫ですよ」
「対処とかそんなんじゃないって!あいつが現れた時点でこの世界はお終いなんだよ!」
「そんなまさか。魔王が現れたわけでもあるまいし」
「魔王みたいなもんだよ!ウォルト・ディズニーって魔王が、秘密結社Dという名の魔王軍が!著作権っていう魔法使って世界を消しにくるんだよ!」
「落ち着きなさい。魔物といってもただのネズミ変わらないわよ」
そ、そうなのか。まあヤツだってあっちでは下手に手を出さない限りただの可愛らしいマスコット。危険だなんてそんなこめっちゃ牙むいてるー!人間を軽々と丸のみできる口の開き方してるー!あれもうネズミじゃないよプレデターだよプレデター!
「あれは威嚇よ。本来は草しか食べない温厚な魔物よ」
威嚇に力そそぎすぎだろ!どんな猛獣でも失神するわ!ていうかあの牙ほんとに威嚇のためなの!?明らかに草食動物のそれじゃないよね!?完全に仕留める側のそれだよね!?
口を開いたままじりじりと近づくネズミ。だが俺も男、あんな凶暴そうなモンスターを女の子に相手させるわけにはいかない!ここは俺が!
「助けてえええ!怖い!怖いいいい!」
「なっさけな」
冷たい視線が俺を待っていた。