その0 手刀でカボチャをみじん切りできる女
異世界生活ー今やフィクションではおなじみのあれ。見たこともない世界、凶暴なモンスターにドキドキワクワク大冒険。
「…ついにか」
転移の方法も様々だ。後ろから刺されて死ぬ、とか。トラックにひかれて死ぬ、とか。爆発の衝撃で死ぬ、とか。
あれ?生命の犠牲は必須?ま、まあそこは置いとこう。
「…憂鬱だなあ」
そんな異世界にあこがれる平凡な少年トオルこと俺の朝は最悪だ。
今日、扉を開ける。閉じこもった世界の、守られた平和の扉を。
物語は流転する。その結末は破滅か…それとも
「学校行くだけだろ」
「姉ちゃん、ネタバレはよくない」
一年間の休学を経て俺は今日、学校に登校することになっている。
「あんたの場合、投降って感じね」
「暴走族の姉ちゃんが言うと重みが違うなぁ」
「元よ、元!今はどこにでもいるただの傭兵よ」
「傭兵なんてどこにでもいねえよ。そりゃこの年まで彼氏ができないのも納とお姉さんグーはよくないグーは」
「パー!」
「そういう意味じゃなくてぇぇえ!?」
さすがカボチャを手刀でみじん切りできる女。そのビンタは身長約167㎝の俺を椅子から吹き飛ばす威力。一歩間違えれば死者が出る。
吹き飛ばされ床に落ちるまでのほんの数秒、俺は数年前のあることを思い出した。
当時、姉と本気で喧嘩した反抗期の俺は姉の鉄拳制裁で異世界に落ちた。大きな河のある目がくらむほど綺麗な花畑の真ん中だった。向こう岸では見覚えのある老人が手を振っていた。
あの世界は何だったのだろうか。そういえばあの老人、何だか死んだひいおばあちゃんに似ていた気がする。
…妙だ。いつになったら床に落ちる。というか目を開けているはずなのに真っ暗のままだ。妙な浮遊感まである。
「選ばれし者よ。今こそ目覚めの時」
その瞬間すべてを察した。なぜ落下し続けるのか、なぜ今さら昔のことを思い出したのか。間違いない、異世界転生だ!となると俺は姉さんに叩き殺されたということになるがこの際もういいや!
「救うのだ。魔の者によって侵されつつある世界を。そして…」
どこからか聞こえる荘厳だが暖かみのある声。聞いたことがあるわけではない。しかしそれは、これから始まる出会いと冒険を俺に予感させるには充分なものだった。
表情が引き締まる。身体中に緊張感がはしると共に、心地よい高揚感がどこからか沸き上がっていた。
「やべっ、ミスった」
「えっ?」