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■第6話 涙


 

 

 『嫁さんの事は・・・ 忘れては、いない・・・

 

 

  前に進めるように・・・


  忘れる努力なんて、締め出す努力なんて


  そんなの必要ない、って

 

 

  背中、押してくれた奴がいたんだ・・・。』

 

 

 

隣で眩しく微笑んでくれていたその顔が、キタジマの胸に懐かしく浮かぶ。


突然の通り雨に困った顔、妻を亡くしていることを知った時の涙顔、ふたり

で田舎道を並んで歩いた照れくさそうな顔、傷つけ泣かせてしまった絶望す

る顔・・・ あの頃のリコの様々な顔がフラッシュバックのように甦った。

 

 

 

 『その人は・・・?


  今は・・・ どうしてるの?』

 

 

 

遠慮がちに声のトーンを落とすマコト。


この数日間でキタジマが初めて見せるようなやわらかく、しかしほんの少し

の淋しさがはらんだ表情を目に、 ”その人 ”のことを訊いてしまって良か

ったのか否か、マコトは瞬時に哀しげに目を伏せた。

 

 

 

 『今は・・・

 

 

  今、アイツはすっげぇイイ奴と、一緒にいる。


  笑ってる。 きっと、毎日・・・

 

 

  そうゆうもんだ。


  大切な人間が、今、ちゃんと笑っててくれさえすれば


  それでいいんだ。

 

 

  だから・・・


  お前も、前に進んでいいんだと思うぞ・・・。』

 

 

 

目を細めて穏やかに微笑むキタジマの胸には、コースケの隣で愉しそうに

笑うリコが思い浮かんでいた。嬉しそうに幸せそうに、ケラケラ笑ってい

るあの愛おしい横顔。

 

 

そんなキタジマをマコトが泣きそうな顔で見つめる。


その瞳には涙がゆらゆらと溢れているが、ギリギリのところで必死に零れる

のを堪えている。

 

 

『・・・泣けば?』 その苦しそうな瞳を目に、キタジマは優しく呟いた。

 

 

 

 『泣かねーよ! 泣いたら負けじゃん・・・。』

 

 

 

斜め上方を睨み、マコトは目を見開いたまま。

威勢の良い言葉とは裏腹に、どんどん頬は赤く染まり崩れそうに歪んでゆく。

 

 

 

 『勝ち負けじゃねーだろ。』

 

 

 『止まんなくなるもん。 だから、ヤだ。』

 

 

 

『別にいいだろ・・・。』 そのキタジマの言葉のやわらかい色に、咄嗟に

顔を背け唇を噛み締めるマコト。


俯いたら涙が毀れてしまうから決して下は向かない。一点を見つめ瞬きすら

止めて、照り付ける陽の光を憎らしそうに睨んでいる。

 

 

すると、

 

 

 

 『うわっ!!!』

 

 

 

キタジマが突然大声で叫び、足元を指差してツッカケの足で飛び退けた。


それに驚きつられてマコトも足を避け、キタジマが差す足元を何事かと凝

視する。

 

 

その瞬間、雑草が生い茂る足元を見つめたマコトの後頭部を軽く押さえた

キタジマ。するとマコトの瞳にギリギリ溜まっていた雫が、ひと粒ポロリ。

 

 

 

 『・・・あとは、


  3粒も、10粒も一緒だ。』

 

 

 

そう言って、後頭部を軽く押さえていた絵具で汚れた大きい手で、マコト

の頭を乱暴にガシガシと撫でた。

 

 

 

 『・・・・・・・。』

 

 

 

キタジマの大きくて不器用な手の温度が、マコトの心のやわらかい部分に

ダイレクトに響く。やさしくて、あたたかくて、胸が一気に苦しくなる。

 

 

 

すると、マコトが泣いた。


堰を切ったように、マコトが泣いた。

 

 

 

その日焼けした小さな手は拳をつくり、握りしめて。肩を震わせて。

奥歯を痛いほどに噛み締め、必死に泣き声が漏れないよう殺して。

 

 

それを黙って隣で見守るキタジマ。


首にかけた手ぬぐいをそっとはずすと、マコトのキツく握りしめた拳へぶっ

きら棒に押し付ける。

 

 

すると、

 

 

 

 『ホントは、泣く権利ない・・・


  泣いていいのは、あたしじゃない・・・

 

 

  あたしのせいだから・・・


  ・・・あたし、の・・・。』

 

 

 

しゃくり上げながらこぼすその言葉が、キタジマの亡き妻への後悔と重なる。


マコトの気持ちを想うと、どうしようもなく胸が痛んで息が出来なくなった。

 

 

 

 『ワケは知らないけど・・・


  ・・・充分、苦しんだんだろ・・・?』

 

 

 

キタジマの切ないほどやさしい響きに、マコトは大きく首を横に振る。

 

 

 

 『ダメだよ、全然。 まだ全然、ダメだよ・・・。』

 

 

 

何をどう言おうとも頑なに自分を責め続けるマコトを、抱き締めてあげたい

気持ちが溢れそうになる。事情は何も分からないけれど、それでも償えない

罪など許されない罪など無いと安心させてあげたい。


キタジマの不器用な手は、細いその背中を包みたいと歯がゆく空を彷徨う。

 

 

しかし、マコトはキタジマに甘えなかった。


小さく小さく消えてなくなりそうに身体を縮め目をギュッとつぶって、ひと

りで泣いていた。

 

 

 

たったひとりで、泣いていた。

 

 

 


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