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■第4話 後悔


 

 

縁側でキタジマとマコト、ふたり並んで座りビールを飲んだ。

 

 

目の前に広がる、夏の夜の庭。


薄暗い闇を小さく照らす月明かりに、向日葵の陰影がやさしく浮かぶ。

ツルを巻いて天へと延びる朝顔は、暗がりに蕾の頭を垂れている。

 

 

両手に握るビール缶をぼんやり眺め黙ったままだったマコトが、静かに口

を開いた。

 

 

 

 『ねぇ、シュンちゃん・・・

 

 

  ・・・死にたいくらい、後悔してること・・・ ある?』

 

 

 

キタジマは驚き目を見張ってマコトの方へ顔を向ける。


驚いたのは、その声音。先程までの子供のような騒がしいそれと同一とは思

えない、ひどく心細く哀しい響きだった。

 

 

 

 『ん~・・・

 

 

  ・・・お前は? あんの・・・?』

 

 

 

再び真っ直ぐ夜の庭に目をやり、キタジマが小さく呟く。


そして片手に掴んだビール缶を口につけ傾けるも、それはとっくに飲み切っ

て空だ。二人で座る縁側にそっと空缶を置くと、カコンと小さな音がした。

 

 

すると、マコトは肩をすくめてうな垂れた。


縁側で揺らしていた裸足の脚を上げて体育座りをすると、腕で抱え込むよう

に小さくコンパクトに体を縮こめ、すっかり顔を隠してしまった。

 

 

キタジマの質問返しへの返事は無かった。

小さく息を吸って吐く音だけが満天の星空にくぐもって消える。

 

 

しかし、缶をグシャっと握った小さく震えた手がその答えを伝えていた。

 

 

 

 

 

 

相変わらずアトリエに来ては、簡易イスの背もたれに抱き付くように後ろ向

きに座り、退屈そうに絵具を指先で弄んでいるマコト。


キタジマの絵には全く興味がないようだった。

先日のような無意味な質問攻めが無いので、キタジマもマコトのことは気に

留めず黙々とキャンバスに向かっている。

 

 

しかし、キタジマはたまに気になってマコトを横目で盗み見ていた。


後頭部に寝癖が飛び跳ねている。ヒョロヒョロに細い日焼けした二の腕。

イスの背もたれに突っ伏すように顔をうずめ、ぼんやりとなにか考え事でも

しているような横顔で。

 

 

ふと、あの夜のマコトの言葉を思い出す。

 

 

 

 

  (・・・死にたいくらい、後悔してること・・・ ある?)

 

 

 

 

マコトに ”何か ”があるのは確かだった。


誰かに聞いてほしい話があるはずなのだ。聞いてほしいけれど、言いたく

ない、言いづらい話を内に秘めているように見えて仕方がないのだ。

 

 

でも、その痩せた背中は何も言わない。

あれ以来、哀しげな顔さえ見せない。

 

 

 

  (ちゃんと、どっかで吐けてんのかな・・・


   誰かの前で、泣けてんのかな・・・。)

  

 

 

思わず筆を握る手を止め、じっと見つめてしまった。

その瞬間、顔を上げたマコトと目が合った。

 

すると、バツが悪そうに咄嗟に逸したキタジマ。

 

 

『・・・なに?』 マコトが少し目をすがめる。

 

 

そして、不満気に口を尖らせ眉根をひそめて語彙を強めた。

 

 

 

 『今日はなんにも喋ってないじゃん!


  別にうるさくしてないでしょっ?!』

 

 

 

実は、煩がられる事を内心結構気にしていたマコト。


『 ”外行け ”、とか言わないでよね・・・。』 まるでいじける子供の様

にイスから投げ出した細い脚をブラブラと不機嫌そうに乱暴に揺らす。

 

 

その幼すぎる反応に、キタジマは声を上げて笑った。

 

 

なんだかもう描く気分ではなくなってしまって、散らかった机の上に筆を放

ると一度大きく伸びをして、『散歩でも行っか?』


新しいタバコを1本咥えたキタジマが、マコトに目をやり声を掛ける。

 

 

 

 『ん~・・・?


  ぁー・・・ ぅん・・・。』

 

 

 

マコトは全くノリ気ではない感じを隠しもせず、ノソノソと気怠げに立ち上

がり先にアトリエを出たキタジマの猫背の背中に続いた。

 

 

 


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