■第2話 マコト
『マコトってなんでコッチ来てんの?
会社の夏休みにしては・・・ 時期、早くねぇか?』
マコトが帰って、また祖母キヨとふたり。
まるで当たり前のような顔をしてキヨ宅の縁側でうちわ片手に涼み、スイカ
を食べ麦茶を飲んだその少年のような小柄な背中は、『じゃ。』と突然一言
だけ残しパタパタと田舎の藍色の夜闇に消えていった。
ライターでタバコに火をつけ、ついでに蚊取線香にも炎を向けて柱に背をも
たれたキタジマがキヨにポツリ訊く。
座った位置から縁側の隙間に見える琥珀色の月を眺めながら。
室内に微かに流れ込む風に、蚊取線香の白い煙が優しくくゆって香る。
『さぁな~?
・・・早目に休み取れたんじゃないんかぁ?』
『ん~・・・。』 なにか腑に落ちない様子のキタジマに、キヨが笑う。
『気になるなら、本人に訊いてみればよかろに。』
(でも・・・
なんかワケ有りだったら、アレだし・・・。)
『いや。 別にいーんだけど。』 そう言って、タバコの煙をそっと吐いた。
モヤモヤした白い煙が顔の前に立ち込めて、せっかくの目映い琥珀月が少し
だけぼやけた。
翌日も、マコトはアトリエにやって来た。
画材やら作品についてやらイチイチせわしなく質問を浴びせ、そのくせ訊い
た割りには然程興味なさそうなその子供っぽい横顔。
キタジマの筆は一向に進まない。最初は矢継ぎ早な質問にも気怠そうに一応
答えてはいたものの、流石に限界に達し思わず大きな声を上げてしまう。
『お前がいると進まねーよ! 外いって遊んで来いっ!!』
言い放って、その瞬間。
自分の発したそれを自分の耳で改めて聞いて、自分で驚く。
マコトと顔を見合わせ、互いに微動だにせず沈黙・・・
『コドモじゃねーか・・・。』
『コドモじゃないからっ!!』
次の瞬間、ふたりして呆れ顔で笑った。
言い訳するわけではないけれど、マコトの外見は何処をどう、どの角度から
見たって30過ぎた女性になど見えなくて、若くて。 否、若いというより
やはりそれは ”少年のよう ”で、どうしても落ち着きの無い子供と一緒に
いるような気になってしまうのだ。
一度吹き出してしまったらなんだか一向に笑いがおさまらなくて、キタジマ
は半ば諦めて筆を机に放った。
壁に立て掛けてある簡易イスを掴むと、マコトに無言で押し付ける。
『ん。』と受け取り、イスのアルミ製の脚を開きちょこんと座るマコト。
その座った姿ですら、退屈そうに脚をブラブラと揺らしやはり子供の様で。
それを横目に、キタジマもいつもの擦り切れたイスに深く背をもたれた。
『・・・いつまでコッチにいんの?』
キタジマの問いに、そっと俯き少し考え込んだマコト。
それは訊かれるのを恐れているような、やはり訊かれてしまったかと諦め
ているような横顔で。
『いつまで居ようかねぇ~・・・。』と机の上の絵具を手に取り、指先で
弄びながら答える。その声色は、ほんの少し嘲笑うようにこぼれた。
なんとなく感じた微妙な空気感に、キタジマはそれ以上訊く事はしなかっ
た。静かなアトリエにラジオからリスナーのリクエスト曲が小さく流れる。
確か、90年代に流行った4人組グループの曲だ。
ふたりの間に、言葉に出来ない居心地の悪い沈黙が流れつづける。
無言の時間に少し気まずくなり、壁に掛かる時計に目を向けるともう昼だ
った。
『昼だな・・・ マコト、メシは?』
『食べる。』 そう一言いうと、ガバっと立ち上がりアトリエを小走りで
パタパタと駆けて行くマコト。
その背中は、迷うことなく真っ直ぐキヨ宅に向かいながら叫んでいる。
『キヨばぁああ!!
・・・あたしの分もお昼あるぅぅううううう???』
『自分ん家で食えよ・・・。』 キタジマが笑いを堪え、頬を緩ませた。