■第10話 シュン
マコトが帰るその日、古びた田舎の無人駅には見送るキタジマの姿があった。
ふたり、どこか照れくさそうに見事な大振りの葉桜がつくる駅ホームの木漏
れ日にばかり目を向け、中々お互いを見ようとはしない。
『また、来る。』 マコトはサンダルの爪先に目を落としていた視線を上げ、
どこか凛とした表情でキタジマへと呟いた。
『ん。』 その芯が通った清らかで美しい顔を見つめ返し、キタジマは胸の
中でマコトを心から誇らしく思っていた。
『ずっと、こっちにいるの?』
『ずっと、いる。
だから・・・ いつでも来い。』
元々祖母の田舎でもある此処だが、キタジマがいつでも待っていてくれると
いう安心感からか増々この場所への情愛が深まってゆく。
『ん。
ありがと・・・。』
そう微笑みながら呟くと、マコトが今一度真剣な表情をキタジマに向けた。
『あのさ・・・
すごい今更だけど・・・
あたしの名前、
”言 ”に ”旬 ”で、”マコト ”って読むの。』
『ん?』 キタジマは唐突にはじまったマコトの名前説明に、小首を傾げる。
”だから何? ”という思いが表情に表れているのだろう。マコトが呆れた
ようなじれったそうな顔で口を尖らせ、小さく地団駄を踏みだした。
『・・・だーかーらー・・・
”マコト ”って読めるから、そう呼ばれてるけどさ~・・・
”シュン ”だよ、あたし・・・
ホントは、”詢 ”で、”シュン ”!!』
『・・・は??』 その瞬間、鳩が豆鉄砲を喰らうとはこうゆう顔を表すの
だと思えるような、見事なハテナ顔を向けるキタジマ。
『詢!! あたしも、シュンなんだけど。』
その一言に、キタジマが目を白黒させて耳に聴こえたそれを猛スピードで
理解しようと脳内フルスロットル。
そして、遠く幼い記憶を頭の奥の奥の引出しから引っ張り出す。
そう言えば、子供の時に祖母に連れられこの田舎ではじめてマコトと顔を
合わせた時、やたらと『シュン』という名前が連呼されていた気がする。
キタジマの祖母キヨとマコトの祖母ミチが『ややこしい』とか『片方は訓
読みで』とか、あの頃は意味が分からなかったそれが今となって ”それ ”
だったのだと知る。
『はあああ??』 思い切り顔を歪めて、キタジマが声を張り上げた。
誰もいない無人駅のホームから真っ青な空へと突き抜けるように木霊する。
それに、『ほんとに知らなかったの?』 マコトは思わず吹き出しそうに
半笑いで首を傾げ覗き込む。
『おま・・・ 早く言えよっ!!』
『いや、だって・・・
ココでの呼び名、昔からマコトだし・・・
・・・ってゆうか、知ってると思ってたし・・・。』
その愉しそうに眩しそうに笑うマコトを横目に、キタジマは呆れたように
ひとつ息をつく。そして、つられてケラケラ笑い出してしまった。
25年以上経ってはじめて知った真実に、なんだか笑いが止まらない。
『つーか・・・
ふたりしてシュンかよ・・・ 紛らわしいじゃねえか!!』
心の底から愉しそうに笑うキタジマの弾む声が、夏の終わりの蒼空に吸い込
まれて消えた。