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■第1話 少年のような

 

  

 

 『シュンちゃん、絵うまいね~!』

 

 

 

田舎の風景にもうすっかり馴染んだ、そのアトリエ。

 

 

祖母キヨの家の隣、大きな桜の木の下にポツリと簡素な掘っ建て小屋がある。


伸びた大振りの枝についた新緑の若葉が幾重にも重なり合い、適度な日差し

と心地良い木陰をつくり出す。

アトリエの飾らない少しくたびれた感じに、キタジマらしさが滲み出ている。

 

 

 

 (馴れ馴れしいファンだな・・・。)

 

 

 

キタジマは相変わらずヨレヨレの絵具だらけのシャツで、タバコを咥え筆を

握っていた。


アトリエ内には絵を描く以外に必要な物は殆どなく、唯一あるトランジスタ

ラジオは祖母の自宅にあったものを借りて来ていた。それはまるで骨董品店

から出て来たようなアンティークな品だったが、なんとも良い具合に擦れた

耳にやさしい音楽を流してくれる。室内には流行歌が小さく響いていたが、

キタジマの耳には殆ど入ってなどいない。心地良い雑音を無意識に愉しんで

いるようだった。

 

 

ここにアトリエを構えてからというもの、わざわざこんなド田舎に世に言う

”ファン ”という種類の人間が勝手に訪ねてくる事が多くなり、キタジマは

正直辟易していた。そんな表立ってアトリエ住所を公表した訳でもなければ

至極当然だがSNSなどするはずもない。どこでどうやって調べ上げたのか

皆目見当つかないけれど、キタジマのアトリエはやけに賑わっていた。


それでなくとも騒がしいのが嫌いで、ましてや見ず知らずの人間など関わり

たくもないというのに。

 

 

その変なファンに向け素っ気なく『どうも。』  一瞬だけ、一瞥する。

 

 

ショートボブの痩せた姿は派手なTシャツにショートパンツ姿で、髪の毛が

もっと短ければ女性だという事すら危ういくらい女らしさの欠片もない。


防御壁もなにも無い大口開けて笑う日焼けしたその顔は、まるで夏休みの小

学生のようだった。

 

 

 

 

 

その夜のこと。

 

 

キヨと囲む、ふたりきりにすっかり慣れた夕飯の食卓。


テレビから流れる大袈裟なほどの笑い声と、開け放した夏の庭から虫の音。

互いの咀嚼する音と箸が皿に当たる音が響く、穏やかないつも通りの夕げ。

 

 

キヨが突然、思い出したように口から箸を離して呟いた。

 

 

 

 『そう言えば・・・


  ミチさんトコのマコトちゃんに会ったか~?』

 

 

 

 

 (マコトちゃん・・・?)

 

 

 

『・・・んぁ? 誰だっけ?』 焼き魚の骨が思うようにはずれず、それに

集中しながらキタジマが片手間に返す。


キヨが丁寧に事前に乾煎りをして塩を振った鯵は、生臭みがなくうまみ成分

がギュっと詰まっていて美味しかったが、中骨をはがした後の残った小骨が

厄介でそれと格闘していて殆ど話半分にしか聞いていない。

 

 

 

 『ほら~・・・


  子供の頃、夏休みによく遊んでたろぉ~。』

 

 

 

キヨの言葉に、骨をはずす箸の手を一旦止め少し考え込んだキタジマ。


幼少の頃から、夏休みなど長期の休みの度にここへ遊びに来ていた。その

当時は祖父もまだ生きていて、釣りを教えてもらったり山歩きに連れて行

ってもらったり、祖父母宅にやって来るのが楽しみで仕方がなかったのを

懐かしそうに思い出す。

 

 

 

 『ああ・・・ マコト!


  はいはい、マコトねぇ・・・


  ・・・懐っかしいなぁ~・・・

 

 

  ぇ? 今、こっちに来てんの?

 

 

  俺んトコには来てないけど。


  今日は・・・ 変な女がひとり来ただけだし。』

 

 

 

『・・・それじゃないんかぁ?』 キヨが再び口の中に白米を押し込み、

味噌汁で流し込みながらモゴモゴと不鮮明に呟く。

 

 

キタジマも再び鯵に目を落とし、ポツリ。 『・・・だから女だって。』

 

 

 

 

 『・・・あ?』

 

 

 『・・・え?』

 

 

 

両者、話しが噛み合っていない空気に箸の手を止めて顔を見合う。

 

 

 

 『それが、マコトちゃんだろうが。』

 

 

 『・・・・・・・・・・・・・は?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ぉ、お前・・・・・ 女だったの?!』

 

 

口が半開きで唖然とするキタジマの前に立つ、ショートボブで痩せていて、

Tシャツにショートパンツで大口開けて笑う日焼けしたその女は、あからさ

まに不機嫌そうに顔をしかめ、小さく舌打ちを打った。

 

 

 

 『・・・・・・。

 

 

  なにサラっと失礼なことゆってんの?


  ・・・アナーキーな新進気鋭アーティスト気取りか? オイ。』

 

 

 

その男勝りな語り口調を耳に、キタジマの記憶の扉がパッカーンと観音開き

し一気に溢れだす。


小学生の当時。夏休みにだけやってくる、近所のミチばあちゃんのところの

孫とよく遊んでいたキタジマ。

キタジマより2才年下のマコトとは、一緒に虫取りをしたり、釣りをしたり

墓地で肝試ししたり、日が暮れるまでふたり、駆け回っていた。

真夏の太陽みたいに、笑う奴だった。

 

 

キタジマのことを ”シュンちゃん ”と呼ぶマコトは、短い髪でTシャツで

短パンで、真っ黒に日焼けして・・・弟みたいに思っていた。


当たり前の幼児体型に、男児だと今の今まで疑いもしなかった。

 

 

遠慮もなくキヨ宅に上がり、縁側に腰掛けるマコトの痩せた背中をキタジ

マはただぼんやり見ていた。

 

 

 


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