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剣を持つ

 


「えーと……公共広場……って……げ! なにここ、こんなに広いの?」

 ルーベラが一人、誰にとはなく呟く。


 あの後、ハヤトと共に向かった城の軍司令部という所はあまりにも雑然としており、しかもその中でひっきりなしに声が上がったり走り回ったりする人でごった返した場所で……確かに初めて行った人間には何が何だかわからない部屋だった。

 そこで、各駐屯所の指揮官と軍総司令官は肩を並べて働いており、その有様にも驚いたのだ。

 ルーベラが今まで見てきた東の都市ではそういう立場の者がこんな人でごった返しているような場所で上下関係もわからないような働き方はしない。そして、兄から聞いていたことから想像してみても南の都市でもこんなことはなかったんじゃないかと思える。しかも、ここでは目につく順に片っ端から仕事を片付けてでもいるかのように、軍の上層部の者たちが自ら雑用のような作業までしているように見受けられた。

 その人波をかき分けてハヤトは、自分の所属する駐屯所の指揮官に二人を紹介し、これまでの経緯を説明し、まんまと自分の部隊に編入させたのだ。

 その後、幾つかの手続きを経て、アウラとルーベラは住まいを割り当てられ、ひとまずそこに落ち着いた。

 そして、一休みする間も無くルーベラはハヤトに呼ばれて公共広場にくるように指示されたのだ。


「剣の腕を見てくれる……って言ったけど……あたし、どこに行けばいいんだろ……」

 指示されて来たのは都市の公共広場。

 大抵、都市や町にはこんな場所があり、平和な時には市が立って人で賑わったり、祭りがあったり、宿泊施設に泊まる事ができない旅人が夜を過ごしたりしていた。

 それにしても……その広場が、あまりに広い。

 西の都市自体が他の都市より広いのでそれは当たり前なのかもしれないが、予想以上に広かったのだ。

「ルーベラ! こっちこっち!」

 ようやく知った声に呼ばれて安心したルーベラが声のした方に振り返ると、広場の外れの木陰でハヤトが手招きをしている。

「ああ……すみません。遅くなりました……」

 ちょっと疲れたようなルーベラの様子にハヤトがくすくす笑う。

「あーえらいえらい。ここまで来てよく文句も言わなかったね。ここなら周りに迷惑もかからなそうだし剣を抜いても大丈夫だよ」

 ああ、なるほど。と、ルーベラは周りを改めて見回す。

 時刻も午後遅くなってきただけあって、難民がちらほらと集まってきている。中には子供もいるようで広場の真ん中には近づかないほうがよさそうだ。

「じゃ、早速いくよ」

 着いて早々のルーベラに向かってハヤトが腰の剣を抜く。

「うわ……」

 ルーベラがとっさに身構えながら、ハヤトの動きに合わせるように剣を抜いた。

 ……ちょっと休憩とか、そういうのないんだ……。

 なんて思ってもみたが、考えてみたら戦闘時にはそんなこと言ってられないわけだしどんな状況でもすぐに対応できなければ意味がない。こんなところで文句を言うのは筋違いだ。

 一瞬のうちにそんな風に思い直して、間髪入れずに斬りかかってくるハヤトの剣を払う。


 何度か剣を切り結ぶ音が響き、ルーベラはハヤトの剣筋を観察する。

 実戦の経験なんてゼロなのだ。

 剣の相手だって兄を相手にしかやった事がない。

 なので、兄と比べるしかないのだが。

 そうか。剣の使い方って人それぞれこんなにも違うものなんだ。

 兄はどちらかというと腕力がなくて技術を伸ばそうとしていたように思えるが、この隊長は腕力もあるし思わぬ方向から斬り込んでくることもある。

 そして、恐らく体幹の違い。びっくりするくらいバランスを崩さないのだ。

 ……そうか、こんな風に剣を使うのってありなのね。

 ということは。

「……えいっ」

 なんとなくハヤトのやり方を見てコツと応用が分かりかけたルーベラが、ここぞと思ったタイミングで初めて反撃に出てみる。

「お……っと!」

 今までかわす一方だったルーベラのいきなりの反撃にハヤトはその剣を払いながら少し目を丸くする。

 その反応がルーベラにはちょっと面白くて、つい調子に乗って立て続けに斬り込んで行こうとすると。

「わ、わ……っ」

 ハヤトが見るからに軽く焦った顔をして、ルーベラの剣が甲高い音とともに弾き落とされた。

「痛……っ」

 その反動でルーベラの手首に衝撃が走る。

「うわ、ごめん! 手加減し損ねた! 大丈夫?」

 慌ててハヤトが駆け寄りルーベラの手首をつかもうとすると、それより一瞬早くルーベラが自分の左手で右手を抑えてハヤトの方に顔をあげ、照れたように笑った。

「大丈夫です。このくらい! 兄の相手をしていた時はこんなもんじゃ済まなかったですから!」

 なんて返しながら。

 そうよね、うっかり面白くていい気になりかけたけど「隊長」さんなんだからちゃんと手加減してくれていたんだわ……。

 と、ちょっとがっかりしてしまう。

「ふーん……そうなんだ。ルーベラ、君、面白いね。……お兄さんの剣に付き合って覚えたんだ? そのお兄さんはどこに所属してるの?」

 ハヤトが自分の剣を鞘に収めながら尋ねてくるので。

「えーっと……ちょっと生き別れになっちゃったんで今どこにいるか分からないんですよねー……面白い、ですか?」

 ルーベラも剣を拾い上げて鞘に収めながら答える。

 一体今までの流れのどこに面白い要素があったのか分からず、ルーベラがきょとん、としていると。

「あ、いや! ごめん。面白いっていうのは君の剣の腕のことだよ。お兄さんに何があったにしてもそれが面白いって訳じゃないからね!」

 少し慌てたようにハヤトが自分の言葉を訂正する。そして。

「君の剣の腕ね、いいと思うよ。学習能力が高そうだ。……たぶん今、俺の剣を見ながら即興で習得しただろ? 鍛え甲斐も教え甲斐もありそうだし」

 鍛え甲斐に、教え甲斐……。ということはやっぱり、現時点では二級の腕なんかないってことか……。

 ルーベラは少しがっかりしたような表情を浮かべて。

「……じゃあ、やっぱりあの……二級は剥奪ですかね……」

「へ? なんでさ。立派に二級騎士で通用するよ? ……むしろ、頑張れば一級も取れるんじゃないかな……」

「ええっ! う、うそだぁっ!」

 ハヤトが笑顔でそう答えるのでルーベラの方がぎょっとする。

「嘘じゃないよ。……たまにいるんだよね、飲み込みが早い上に感覚の良いやつが。第八部隊にも元気な勘の良い騎士がいたな。ああいうのは教え甲斐があるから教える方も楽しくなるんだ。……ただ」

 ハヤトの言葉を聞きながら、あたし……ちょっとすごいじゃない! と、ぱあっと目が輝き始めたルーベラを見てハヤトが眉をひそめる。

「ただ……?」

「うーん……今は切羽詰まった状況なんだ。実際に南に遠征する部隊はこの都市では再編成されているくらいなんだよ」

 ハヤトが何か考える込むような面持ちでそう続ける。

「再編成……ですか?」

 どういう意味だろう。東の都市では聞かなかった言葉で意味がつかめない。

「ああ。……今、戦力を持つ都市はリガトルやヴァニタスの格好の標的だ。それで、近隣では自分のところの戦力をこちらに向けることが自衛にもなっている。そうなると、次に狙われるのはここだ」

 それは、分かる。だからここ西の都市は南に向かうための軍の他に都市を守るためにも戦力を必要としているはず。自分の都市を守るためには恐らく自分の都市の兵力を使うものだろう。と、なると南に向かう軍の必要はさらに大きくなるわけで。だからあたしもここに来た。

「……本格的に狙いを定めて攻めて来る、リガトルの軍を見たことはある?」

 ハヤトが腕組みをしてルーベラをまっすぐに見つめる。

「ええ、一応。あたしがいた南の都市はそれで壊滅しましたから」

 脳裏に浮かぶのは、忘れたくても忘れられない光景だ。

 リガトルの集団。それだけでも身がすくむ思いがする光景だが、それが組織された状態でやって来る。

 城壁なんかはあっという間に崩れ、そのわずかな城壁の裂け目からなだれ込んでくる巨体に、人間の兵力はほとんど歯が立たなかった。

 一つの都市の勢力程度ではできることに限界があるのだ。

 そしてあっという間に崩壊する建物。あっという間にそこいらじゅうが死体の山となる。リガトルが通った場所の両脇には人間の骸やかつて人間の一部だったものが転がり、息のある者は最後の力を振り絞ってでもできるだけ遠くに逃げようと這いずり回る。

 どこからともなく火の手が上がり、知った顔を探すために叫び声をあげる者も自分の命のために逃げざるを得なくなる。

 そんな光景を実際にあたしは見てきた。

「……そっか。じゃあ、話は早いな。そのリガトルの軍を相手に、もしくは、それより強力なヴァニタスを相手に戦うにあたって、どれほどの覚悟がいるかわかる?」

 相変わらずハヤトの目はルーベラをしっかり見据えている。

「……そりゃ、死ぬ気でかからないと駄目だと思いますよ。……え? 隊長、もしかして、あたしが生半可な気持ちで騎士になったと思ってらっしゃる?」

 ルーベラはちょっと眉をしかめる。

 そういうことなのだろうか? つまり女子供が、面白半分で、ちょっと剣が扱えるからといい気になって、命懸けの戦いに、首をつっこむな、と。

 そう思うと、ルーベラは軽く怒りがこみ上げてくるのを感じた。

 あの、凄惨な状況を目の当たりにしたあたしが、そんな生半可な気持ちで剣を取るなんて思われたくない。

「申し訳ありませんけどね、隊長。あたし、覚悟はちゃんとできてますから。むしろ、覚悟がなければあの崩壊する街を見た後で戦おうなんて思いませんよ。リガトルの軍に、人がどんな風に扱われたかこの目で見てきたんです。私があの時うまく逃げられたのは運が良かったからですけどね、今度はちゃんと戦いますよ。この命にかえてでも、一矢報いないと気が済まないんだから! 両親の仇だって取らなきゃいけないし、兄の仇だって……それに友達の仇だって取ってやるんだから! あんな風にリガトルを操るなんてそもそもヴァニタスって何者ですか! あんな事を計画的にやりおおせるなんて絶対に許さない。あたしの命なんてどうせちっぽけで大した役には立たないかもしれませんけどね、敵を倒すにあたって華々しい手柄は立てられずとも、少なくとも、多少なりとも、役に立ってやりますよ! 」

 途中何かを言おうとして口を開きかけたハヤトを無視してルーベラは自分の意見を矢継ぎ早に言い切った。言ってしまう前に誤解されたまま、下手したら解任されるんじゃないかという気がしたので。

「……ルーベラ」

 ふっと笑って、ハヤトがゆっくり名前を呼ぶ。そしてその右手をそっとルーベラの頭に乗せると、優しく滑らせて撫でる。そして軽く息を吐いてから。

「君の気持ちは分かった。そういう気持ちの者だけが出陣の隊に加わるようにとの司殿からの指示があってね。少しでも迷いのある者や恐れのある者は都市の中に留まって、最終的な都市の防御に回るようにっていう再編成なんだ。だからそれは良いとして……」

 ハヤトがふと視線を落とす。

「そうであるからこそ、出陣の隊は気持ちだけでなく、体力面でも万全の者で組織したいと考えてるんだよ。……生きて帰る確率が低いとはいえ、死ぬための出陣じゃない。戦うための出陣だ。隊全体が最も効率よく戦えなければ意味がない」

「……あたしが女だから体力に問題がある、ということですか?」

 気付けばルーベラの声は低く、迫力のあるものになっている。

 この隊長、どうにかしてあたしを隊に加えないつもりなんだ……! しかもその理由はあたしが女で、中途半端な気持ちだから、とか、そんな筋の通らない理由だ!

 そう思うと、どうにかして言い負かせないだろうかという気持ちがふつふつと湧き上がってくる。

「ああ……いや、ルーベラ、違う。そんなんじゃない。まいったな……そんな怖い顔しなくて良いよ」

 困ったような声にルーベラが思わず目をあげると。


「君のその右足、どうしたの?」

 困ったように笑ったハヤトがそう尋ねた。


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